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桃谷課長の秘密
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俺の入社3年目に、大阪支社から課長としてやってきた桃谷さんは、しごできの美形だ。隙の無い身のこなしや優等生然とした風貌は、一見とっつきにくく冷たそうだが、酒が入ると関西弁が出るのがチャーミングだ。
仕事ぶりは大胆かつ細やかで、手本になることばかり。課の人間には、厳しくも優しく、公平に接する。元ヤンの俺には本来範疇外のタイプなのだが、一年も経つ頃には、俺は桃谷課長にほとんど恋をしている状態になっていた。5歳年上? 全然オッケーという感じだ。
まあしかし、課長はまだ独身だが、ノンケだろう。また、仕事の時はともかく、酒の席などでヤンキーの片鱗がつい出てしまう俺なので、部下としても好かれてはいないと思っていた。
課長と昼休みに食堂で一緒になると、当たり障りの無い程度なら、プライベートな話もしてくれる。それでこれまでに、この人が高校時代までは学校も勉強も大嫌いだったけれど、一念発起して一浪し、国立大学に入学したことなどを知った。
実は俺も似た経歴を持っていた。底辺高校で馬鹿なことばかりやっていたが、俺を可愛がってくれていた祖父の死が、俺の目を覚まさせた。さすがに国立大学は無理だったけれど、必死の浪人生活と真面目な学生生活を経て、中堅私立大学の卒業生となった。
俺みたいな奴に勝手に親近感を持たれると、課長も迷惑だろうから、俺は自分の話を課長にしていない。別に課長が俺のことを知らなくてもいい。俺は曲がり角からそっと愛しい人に憧れの視線を送る、初心な女子高生のように日々を過ごしていた。
その日、取引先に至急渡さなくてはいけない書類が発生し、俺ともう1人の女子社員、それに桃谷課長の3人で、残業して仕上げた。少なくとも俺は、自分の役目を果たしただけだったが、課長は俺たちへの感謝を口にした。そして珍しく自分から、居酒屋に誘ってくれた。
気が置けない雰囲気の店で、課長がこんな店を使うのかと意外に思ったが、俺たちはご馳走してもらい大満足だった。少し遅くなったので、課長は女子社員にタクシーを使わせ、帰る方向が同じ俺は、肩を並べて駅を目指した。
「答えたくなかったらええんやけど」
ほろ酔いになった課長は、関西弁で尋ねてきた。
「もしかして寺田くんは、高校くらいまで結構やんちゃしとったんか?」
俺はぎょっとした。いやまあ、バレてはいると思っていたが、正直に話してもいいものか。
一瞬迷った時、課長が俺のほうにすっと身体を寄せた。前から来たガラの悪そうな男たちが、ふらふら酔って大声で話しながら、課長にぶつかりそうになったのだ。
男と課長は、すれ違い様に肩先が触れた程度だった。しかし男は、関西弁で難癖をつけてきた。
「どこ見て歩いとんねん!」
俺は相手がタチの悪い奴らだと一瞬で察した。酒のせいもあり、反射的に課長の前に出て凄んでしまう。
「はぁ? わざと当たってきたんだろうが」
「何やと! そっちがぼおっと歩いとったくせに」
課長が俺の肘を引いた。やめておけという合図だったが、かつて無駄に鍛えた経験と勘が、舐められてはいけないと俺に告げる。もう1人の男はにやにやしており、こいつらは背中を見せてはいけないタイプだと判断した。
「ふざけんな、大声出したらびびると思ってんなよ」
俺の言葉に舌打ちした男は、俺の首元に手を伸ばそうとする。咄嗟にのけ反りそれを避けようとしたが、目の前で男の手がぴたっと止まった。
何が起きたかわからないでいると、右側から低い声がした。
「やめんかい、俺の部下に汚い手ぇで触んな」
えっ? 俺は右に視界を移し、課長の美しいが、怒りのオーラを発する横顔を見る。その手は無礼な男の太い手首をがっちり掴んでいて、ぎりぎりとあらぬ方向に捻り上げ始めた。
「いっ、痛い! 放せや、やめろ」
「おまえ、舐めた真似しやがって!」
もう1人の男が課長に近寄ったが、課長はぎろりと彼を一瞥して静かに言い放つ。
「近づくな、こいつの手首へし折っておまえの目ぇ潰すぞ……監視カメラ見たらおまえらがわざと俺にぶつかろとしたん、一発でわかるからな、これは正当防衛や」
俺は課長のあまりの迫力に、股間が縮んだのを感じた。この人恐すぎる、どう見ても喧嘩慣れしてるだろ!
チンピラたちは戦意を失くした。課長が手を離すと、2人して脱兎の如く逃げ出し、通りを歩く人が何事かと彼らを見送る。
課長はひとつ息を吐き、俺に笑顔を向けた。
「ほらもう、あんなアホどもの相手したらあかん」
あああ、カッコ良すぎる。俺の胸の中がじんと熱くなった。ヤンキーをしていた頃でさえ、こんな鮮やかに敵を撃退した人を知らない。俺を抱いてくださいと、もう少しで口走りそうだったが、代わりに出てきた言葉もなかなか馬鹿だった。
「課長、俺を弟にしてください……」
課長は目を丸くして、は? と笑った。
「それはあれやけど、気分台無しになったし、ちょい飲み直そか」
俺に異存は全く無い。何なら、終電が無くなれば課長をホテルに誘うチャンスだ。いや、それは本当に嫌われるかも、しかし。
俺は喉をごろごろ言わせる勢いで、繁華街の道を課長について行くのだった。
*初出 2026.1.14 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「優等生」「不良」
実はこれを書いたとき、桃谷さんに絡んできた2人が、「ひえぇ兄貴、何でこんなとこに居てはるんですか!」とおしっこをちびりそうになる展開を考えていたのですが、ちょっと時間が足りませんでした!
仕事ぶりは大胆かつ細やかで、手本になることばかり。課の人間には、厳しくも優しく、公平に接する。元ヤンの俺には本来範疇外のタイプなのだが、一年も経つ頃には、俺は桃谷課長にほとんど恋をしている状態になっていた。5歳年上? 全然オッケーという感じだ。
まあしかし、課長はまだ独身だが、ノンケだろう。また、仕事の時はともかく、酒の席などでヤンキーの片鱗がつい出てしまう俺なので、部下としても好かれてはいないと思っていた。
課長と昼休みに食堂で一緒になると、当たり障りの無い程度なら、プライベートな話もしてくれる。それでこれまでに、この人が高校時代までは学校も勉強も大嫌いだったけれど、一念発起して一浪し、国立大学に入学したことなどを知った。
実は俺も似た経歴を持っていた。底辺高校で馬鹿なことばかりやっていたが、俺を可愛がってくれていた祖父の死が、俺の目を覚まさせた。さすがに国立大学は無理だったけれど、必死の浪人生活と真面目な学生生活を経て、中堅私立大学の卒業生となった。
俺みたいな奴に勝手に親近感を持たれると、課長も迷惑だろうから、俺は自分の話を課長にしていない。別に課長が俺のことを知らなくてもいい。俺は曲がり角からそっと愛しい人に憧れの視線を送る、初心な女子高生のように日々を過ごしていた。
その日、取引先に至急渡さなくてはいけない書類が発生し、俺ともう1人の女子社員、それに桃谷課長の3人で、残業して仕上げた。少なくとも俺は、自分の役目を果たしただけだったが、課長は俺たちへの感謝を口にした。そして珍しく自分から、居酒屋に誘ってくれた。
気が置けない雰囲気の店で、課長がこんな店を使うのかと意外に思ったが、俺たちはご馳走してもらい大満足だった。少し遅くなったので、課長は女子社員にタクシーを使わせ、帰る方向が同じ俺は、肩を並べて駅を目指した。
「答えたくなかったらええんやけど」
ほろ酔いになった課長は、関西弁で尋ねてきた。
「もしかして寺田くんは、高校くらいまで結構やんちゃしとったんか?」
俺はぎょっとした。いやまあ、バレてはいると思っていたが、正直に話してもいいものか。
一瞬迷った時、課長が俺のほうにすっと身体を寄せた。前から来たガラの悪そうな男たちが、ふらふら酔って大声で話しながら、課長にぶつかりそうになったのだ。
男と課長は、すれ違い様に肩先が触れた程度だった。しかし男は、関西弁で難癖をつけてきた。
「どこ見て歩いとんねん!」
俺は相手がタチの悪い奴らだと一瞬で察した。酒のせいもあり、反射的に課長の前に出て凄んでしまう。
「はぁ? わざと当たってきたんだろうが」
「何やと! そっちがぼおっと歩いとったくせに」
課長が俺の肘を引いた。やめておけという合図だったが、かつて無駄に鍛えた経験と勘が、舐められてはいけないと俺に告げる。もう1人の男はにやにやしており、こいつらは背中を見せてはいけないタイプだと判断した。
「ふざけんな、大声出したらびびると思ってんなよ」
俺の言葉に舌打ちした男は、俺の首元に手を伸ばそうとする。咄嗟にのけ反りそれを避けようとしたが、目の前で男の手がぴたっと止まった。
何が起きたかわからないでいると、右側から低い声がした。
「やめんかい、俺の部下に汚い手ぇで触んな」
えっ? 俺は右に視界を移し、課長の美しいが、怒りのオーラを発する横顔を見る。その手は無礼な男の太い手首をがっちり掴んでいて、ぎりぎりとあらぬ方向に捻り上げ始めた。
「いっ、痛い! 放せや、やめろ」
「おまえ、舐めた真似しやがって!」
もう1人の男が課長に近寄ったが、課長はぎろりと彼を一瞥して静かに言い放つ。
「近づくな、こいつの手首へし折っておまえの目ぇ潰すぞ……監視カメラ見たらおまえらがわざと俺にぶつかろとしたん、一発でわかるからな、これは正当防衛や」
俺は課長のあまりの迫力に、股間が縮んだのを感じた。この人恐すぎる、どう見ても喧嘩慣れしてるだろ!
チンピラたちは戦意を失くした。課長が手を離すと、2人して脱兎の如く逃げ出し、通りを歩く人が何事かと彼らを見送る。
課長はひとつ息を吐き、俺に笑顔を向けた。
「ほらもう、あんなアホどもの相手したらあかん」
あああ、カッコ良すぎる。俺の胸の中がじんと熱くなった。ヤンキーをしていた頃でさえ、こんな鮮やかに敵を撃退した人を知らない。俺を抱いてくださいと、もう少しで口走りそうだったが、代わりに出てきた言葉もなかなか馬鹿だった。
「課長、俺を弟にしてください……」
課長は目を丸くして、は? と笑った。
「それはあれやけど、気分台無しになったし、ちょい飲み直そか」
俺に異存は全く無い。何なら、終電が無くなれば課長をホテルに誘うチャンスだ。いや、それは本当に嫌われるかも、しかし。
俺は喉をごろごろ言わせる勢いで、繁華街の道を課長について行くのだった。
*初出 2026.1.14 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題「優等生」「不良」
実はこれを書いたとき、桃谷さんに絡んできた2人が、「ひえぇ兄貴、何でこんなとこに居てはるんですか!」とおしっこをちびりそうになる展開を考えていたのですが、ちょっと時間が足りませんでした!
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