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第一章

第5話 目覚めたらお城の中でした

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 目を覚まし、真っ先に視界に入ったのはベッドの天蓋だった。
 見たこともないくらい真っ白なベールに覆われていて、羽毛布団もとてもふかふかで、あったかい。
  
 僕はゆっくりと身体を起こし、ぐるりと周囲を見回す。ベッドボードには細やかな薔薇の彫刻が施されている。チェストや三面鏡、クロゼット……いずれも高級木材特有の表情豊かな木目が際立っていて、螺旋細工が美しい。
 

 ……ここは一体どこなのだろう? かなり高貴な人間が住む場所であることは、寝具や家具など見たら分かる。
 気絶する前はあの屈辱的な下着と、半透明な衣を着ていたが今は白い絹の寝間着を着ている。なんて滑らかな感触……最上級の絹が使用されているみたいだ。

 とにかく外の景色を見てみようと、ベッドから降りることにした。
 三面鏡の前まで来ると、僕は足を止めた。
 漆黒の髪に、ブラッドレッドと呼ばれる赤い瞳。抜けるような白い肌に中性的な顔立ち。
 改めて自分の姿を見た僕は、思わず額に手を当てる。
 前世の僕と同じ顔だ。目の色だけは違うけどね。
 魔王だった時は髪も目も漆黒だった。一体転生というのはどんな仕組みになっているのだろうか? 
 神の気まぐれ、悪戯としか思えない。
 せめて違う顔だったら、気持ちを切り替えて人として新たな人生を歩めるような気がするのだけど。
 僕は溜息をついて、のろのろとした足取りで窓に近づき、カーテンを開ける。
 目の前に広がる街並みに、僕は目を見張る。
 街全体を見渡せるほどの高い場所に建てられている。窓越しに見える堅牢な壁、ツィンネ(のこぎり型の狭間)も見える……もしかして城なのか?
 その時、扉を開ける音がしたので僕は振り返った。

「あ、気がついたのですね」
 
 入ってきたのは洗面器を持った一人の少年だ。
 年齢は十五、六歳くらいだろうか? 
 腰まで伸びたストレートの青い髪は上半分だけ両側面から後ろに一つにまとめている。そして水色の瞳をもつ目は一重の切れ長。魚の鰭の形をした耳は、彼が水の妖精族である証――ということは、一見少年には見えるが、実はかなり年齢が上である可能性が高い。
 妖精族は人間の少年、少女に近い姿をしていることが多いからだ。
 不意に目眩を覚え、僕は慌てて壁に凭れた。考えてもみたら、ろくに食事も出来ていないし、魔力も使いすぎてしまったからな。
 少し眠ったことで多少の魔力は回復しているが、せいぜい焚き火の火をおこすことぐらいしか出来ないだろう。

「まだ動かない方がいいですよ。貴方の身体は相当衰弱していましたから。そんな身体で上級魔法を使うなんて無謀ですよ」
「僕が何をしたのか知っているみたいだね。僕はもしかして捕まってしまったのかな?」
「いえいえ。捕まえたのではなく保護したのですよ。我が主が嬉々としてあなたを連れて帰って来たのです。我が妻となる人間を手に入れたと」
「……」

 
 我が妻となる人間? ? ?
 僕は男だ。
 中性的な顔、とは言われたことはあるが、決して女顔ではない。
 ましてやあの恥ずかしい衣装を着た僕を見ているのなら。平らな胸、男の証だって下着ごしでも分かるはず。
 この水の妖精族の主はまさか同性愛者なのか?
 いや、まぁ、僕もそういった性癖がないわけじゃない。僕の初恋は奴隷の少年だった。
 淡い、淡い恋だったけど。
 そのせいで、彼は兄や姉に目を付けられ魔物がいる森へ薬草を採りに行かされたのだ。
 あの時はもう二度と恋はしない、と心に決めていた。
 だからといって見も知らぬ人間と結婚するというのも――いや、貴族の政略結婚のことを考えたら珍しいことじゃないのだけど、僕はもう自由に生きたい。家族とかそんなものに縛られるのはまっぴらだ。

 僕は実の家族に忌み嫌われてきたし、兄とその妻の仲も険悪だったから結婚に良いイメージを抱いていなかった。
 もう誰にも縛られずに一人で生きていきたい。
 この城の主はどんな人なのだろう? 話し合えば分かってくれる人だといいのだけど。僕は魔王だった前世の記憶はあるものの、基本的には善良な人間のつもりだ。
 ちなみに魔王になる前、魔導師だった頃の記憶は殆どない。
 極力、無駄な殺生はしたくない。ましてやこの城の主を殺して、自由を手に入れる、という野蛮なことは出来ればしたくないのだ。
 あの奴隷競売所だって、僕にあんな屈辱的な衣装を着せて、それを大衆の前に晒した上に、後頭部を殴打するような真似さえしなければ、全員殺してしまおうなんて思わなかったよ。
 とはいっても今はほぼ魔力もなく無力同然だ。魔力が完全回復するまで大人しくするしかないんだけどね。
 
「あ、申し遅れました。わたくしは、イプティー=ルネスと申します。あなたのお世話をするよう仰せつかっております」
「僕は……ジュノーム=ティムハルト」
「ティムハルト――――まさか隣国の侯爵家の」
「ええ。実家の人間に売られてここに来ました」
「なんと痛ましい……そのような真似、許される筈がないのに。まさかその瞳の所為で?」

 こくりと頷く僕に、イプティーは複雑な表情を浮かべた。彼は洗面器をベッドのサイドテーブルに置いてから僕の元に歩み寄ってきた。
 子供のような小さな手が僕の右手を取り、もう一方の手は腰を支えるように背中に回る。

「さぁ、もう少し休んでください。後で温かい食事も持ってきますから」
「温かい食事か……久しぶりだな」

 イプティーに支えられながら、僕はベッドに戻りひとまず腰掛けた。
 座った瞬間、頭がくらくらとした……まだ身体は回復していないんだろうな。栄養不足で血液が足りていないのもあるのかもしれない。
 そろそろと布団の中に入った時、部屋の扉の向こうから慌ただしく駆け寄る足音が聞こえてきた。
 何事かと思いきや、勢いよく扉が開かれ一人の青年が入ってきた。
 
「……っっ!!」

 まず目に映ったのは、まばゆい黄金の髪だ。短く切っているが波打つ髪がゆれる度に、キラキラと輝きを放つ。
 澄み切ったディープブルーの瞳、艶やかな象牙色の肌。整った顔立ちは精悍さと美しさを兼ね備えている。そして百八十は優に超える長身、均整の取れた筋肉質な身体といい、男の理想像を絵にしたような男が現れた。
 僕は息を飲む。
 男の容姿に圧倒されたからではない。
 知っている顔、だったのだ。
 彼は僕の顔を見るなり顔を綻ばせ、足早にこちらに歩み寄って来た。


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