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第五章

第58話 魔導師アシェラ①

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「アシェラ=レイ=デュークウェル……この子の愛は決して一人の人間に注がぬこと。そして一人の人間に愛されることもあってはならない。さもなくば、この国は滅びの道を歩むことになるでしょう」


 前世の僕は、今はもう地図にも載っていない小さな国、ラダ国の王子として生まれた。
 ある日予言者と名乗る男が、生まれたばかりの僕に宣告したそうだ。

 “この子は悪魔になる可能性がある王子です。このままではいずれこの国は滅びます”
 “この子は人を愛してはならない存在であり、愛されてもならない存在なのです”

 その予言を信じた父は僕を殺そうとした。母と魔塔の長であるケビンがかばっていなかったら、僕はこの世に生まれていなかっただろう。

 母が病死してから、僕は国中の魔法使い達が集う魔塔にその身を預けられることとなった。
 魔塔の長ケビンが生まれ持って魔力が高い僕を見込み、世に役に立つ方向に導きたいと申し出てくれたのだ。
 長が見込んだ通り、僕は五歳にして全ての魔法を極めてしまった。
 さらに勉学と魔法に打ち込んだ僕は、やがて魔導師として、魔法士見習いの子供たちに魔法を教えるようになった。
 また、王室からの要請で、災害地や戦災地を訪れるようにもなった。
 
「魔導師様、ありがとうございます」
「お母様の怪我がすっかり治って……本当に感謝しています」
「ああ、歩けるようになったのも魔導師様のお陰です」 
 
 多くの人達に感謝されるようになり、そして必要とされるようになり、人々の為に献身する人生も悪くないと思うようになった。
 その頃、既に人族と魔族の小競り合いがあり、小さな村が魔族達に襲われることがよくあった。
 怪我人や荒らされた建物や施設、水などの浄化作業を行っていたある日、道ばたに一人の少年が倒れているのに気づいた。
 金色の髪、ディープブルーの目が綺麗な少年だ。だけど虚ろな目で空を見詰めている。
 所々怪我をしていたので、治癒魔法をかけようと手をかざした時、彼は僕の手を振り払った。

「よけいなことしなくていいよ。俺はこのまま死んだ方がいい」
「何を言っている? せっかく生き残ることができたのに。ここでまた命を粗末にしてどうする?」
「俺が生きていたって誰も喜ばない。お父さんとお母さんが死んで、姉さんもどこかに売られて、村の皆は俺のことを邪魔者扱いしていた。俺を囮に、魔物から逃げようとした奴もいたんだ」
「……」

 ふと周りを見回すと、被災した村人たちが疎ましそうな目で少年を見つめていた。
 そして僕に“こんな奴を助けるな”と無言で訴えている。
 村の代表らしき男がこっちに歩み寄って来て村人たちの声を代弁する。

「その子が生きていたところで、私たちはこの子を養う余裕などありません。売ってもこんな貧相な子供は金にならない。この子の姉のように綺麗な女だったら、金持ちに売り渡すことができたものの……」

 僕の冷ややかな眼差しに気づいた男は、喋るのを途中でやめた。
 この村の人間はこの子を同じ人間として扱っていないのだ。
 僕自身、父親に疎まれ、捨てられた人間だ。育ててくれた人間に恵まれていなかったら、この子のようになっていただろう。

「一緒に帰ろう」

 僕は少年を横に抱きかかえ、その場から立ち去ることにした。
 村の怪我人も全て治したし、水の浄化作業も終わった。
 あとは王国から派遣された兵士たちが後片付けをしてくれるだろう。
 村の人間は声高に訴えてきた。

「我々は困っている。もっと援助を。怪我人や浄化よりも金を貰える方が助かる」
「僕が出来る事は浄化と治療だけだよ。僕は一介の魔導師にすぎない。君たち全員を養ってあげられる程のお金の余裕はないよ」
「……!」
  
 自分が少年を見捨てようとした理由と同じ理由を言われたものだから、男はそれ以上何も言えなくなった。
 彼らはまだ助け合える親族がいるのだから、これから力を合わせて生きていけばいい。それに対し、この子は両親を失い独りぼっちだ。
 少年は茫然とした眼差しで僕を見詰めていた。

「名前は?」

 僕は少年に尋ねる。
 彼はディープブルーの目を見開いてから、おずおずと答えた。


「イル」



◆◇◆


 魔塔の長であるケビンが亡くなったのを機に、僕は魔塔から少し離れた森の中にある小さな教会で一人暮らしをはじめるようになった。
 この教会は初代の魔塔の長が建てた施設で、古の神々の教えを説く場だという。丁度、この教会を管理する人間が必要だったこともあり、僕がその役目を担うことになった。
 ケビンという後ろ盾がいなくなった今、魔塔は僕にとって居づらい場所になってしまったからね。
 僕以外誰も居ない教会に、人を一人連れて帰って来た所で咎める者もいない。

 イルは最初無口な少年だった。
 僕との二人きりの生活に戸惑いを覚えることも多く、いつも不安そうな目でこっちを見ていた。
 魔導師として仕事をしている時以外は、極力彼のそばに居るようにした。
 とはいっても無理に関わろうとはぜず、向こうが話しかけてくれるのを気長に待った。
 字の読み書きは出来るみたいだったから、教会に置いてある何冊かの本をイルが目に付くところに置くようにして。
 彼が貪るように本を読み始めたので、僕は魔塔の図書室から歴史や魔法学の本も借りてみることにした。
 枕になるような分厚い本ばかりだったが、イルは一週間もしないうちに全部読み終わってしまった。
 そして顔を紅くして僕に言ったのだ。

「もっと本……ある?」


 僕は嬉しくなって笑顔で頷いた。

 毎日、単調ながらも平和な日々を送る内に、イルは笑うようになり、よくしゃべるようになった。
 だんだん僕に甘えることも覚えるようになり……。

「アシェラ、一緒に寝よ」
「アシェラ、俺を抱きしめて」
「アシェラ、一緒にお風呂にはいろ」

 僕はやっと笑顔を浮かべてくれたイルが可愛くなって、彼の要求にも喜んで応じていた。
 一緒のベッドに寝るようになってから、彼は僕に必ず言うのだった。

「アシェラ、俺、アシェラのことが好きだ」
「僕もだよ、イル」

 抱きついてくるイルを僕はぎゅっと抱きしめた。
 一緒に暮らしていく内に知らず知らずの内に、彼の事を愛しく思うようになっていた。

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