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11章
春の香り
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雪が被っている雑草の中に、黄色いタンポポが顔を見せる。
葉っぱの様な苦い香りのするタンポポは、何度も踏みつけられても、それでも花を咲かせようと、地面にしがみついている。
引っ越しの日。
トラックに荷物を詰め込むと、夏希は部屋の掃除を始めた。
3月の温かい日差しが、床を拭く夏希の背中を照らしてくる。
開きっぱなしの玄関から、青田が入ってきた。
「夏希、本当に行くのか。」
「青田くん、今までありがとう。」
「髪、切ったんだね。」
「うん。」
青田は夏希の隣りに座った。
「夏希と離れるなんて、俺、まだ信じられない。」
青田はそう言った。
「ずっと一緒にいたからね。」
「俺、決めるの、少し早かった。」
青田は夏希の肩に手を回した。
「どうして?」
夏希が聞いた。
「なんで焦ったんだろうな。」
青田は夏希の肩に顔を乗せた。
「青田くん、忘れる魔法かけてあげようか。」
夏希は青田から離れると、正面をむいて座った。
「そんな事されたら、ずっと忘れられなくなる。」
「いいから手を出して。」
青田が出した右手のひらの中に、夏希は何かを入れて、また握らせた。
「ほら。」
手を開いた青田は、夏希の顔を見た。
「何入れたの?」
「なんでも忘れる飴。」
何もない手のひら見て、青田は少し笑った。
「これからは、青田くんが好きになった人からもらって。私はもう、何も持っていないから。」
青田はそう言って涙を溜めた夏希を、抱き寄せた。
「夏希、俺がお前を振ったんだからな。」
夏希の肩も青田の肩も涙で濡れた。
「わかってる。」
少しすると、青田は部屋を出ていった。
卒業式の日。
両親とホテルに泊まっていた夏希は、潤の姉が待つ別の部屋にいた。
「ごめんなさいね。無理を言って。」
母の依子が、潤の姉のさや香にお礼を言った。
「潤から大切なお客さんだって聞いてますから。昨日は颯までここに泊まらせてもらって、こちらこそ、本当にありがとうございます。」
「颯くんは?」
夏希がさや香に聞くと
「夏希ちゃんのお父さんとコンビニへ行ったよ。もうすっかりはしゃいじゃって。」
さや香は夏希を鏡の前に座らせた。
「美里ちゃん、アップにできるけど、どうする?」
「夏希、ですけど。」
依子がそう言った。
「あっ、そうでした。どうしても間違えちゃうのよね。」
「美里ちゃんっていう人に、夏希はよく似てるの?」
「似てますね。顔じゃなくて、なんとなく感じが。」
さや香は鏡越しに夏希を見た。
「アップにしなくてもいいです。慣れてないから、頭が痛くなるんです。」
夏希はそう言った。
「わかった。」
さや香はそう言って、夏希の髪をセットし、横に小さな髪飾りをつけた。
「潤に写真を送れって言われているの。」
さや香は夏希に携帯を向けた。
夏希の父が入ってくる。颯は持っていたお菓子を、さや香に渡した。
「男の子ってかわいいもんだな。」
「颯、ありがとう言ったの?」
「さっき言った。」
颯は座ってお菓子を食べようとした。
「ご飯、食べるから後にして。」
さや香は颯がお菓子を食べるのを止めた。
「さや香さん、もう1泊泊まって行くだろう?冴木くんも来るって聞いたけど。」
さや香のご主人は、父の会社の部下だった。
「はい、お昼には着くと思います。夏希ちゃんは式が終わったら、袴を解きますから、またここに来てください。この後は友達と集まるんでしょう?髪も洋装に合うようにするから。」
さや香は夏希にそう言った。
「お姉さん、ありがとうございます。」
「夏希ちゃんって、いくつ?」
「22です。」
「潤はもう34よ。早くもらってあげて。」
さや香はそう言って笑った。
卒業式の会場に行くと、友人達が夏希の髪を触った。
「アップにしなかったの?」
「うん。」
「夏希、やっぱり短い方が似合うね。」
「そう?」
「田舎に帰るんだって。」
「うん。」
「彼氏とも別れたんでしょう。」
「別れた。」
「こっちにいたほうが、いろんな人と出会えるのに。」
「たくさん人がいても、自分が想う人は1人だよ。」
「そういえば、そうだね。」
葉っぱの様な苦い香りのするタンポポは、何度も踏みつけられても、それでも花を咲かせようと、地面にしがみついている。
引っ越しの日。
トラックに荷物を詰め込むと、夏希は部屋の掃除を始めた。
3月の温かい日差しが、床を拭く夏希の背中を照らしてくる。
開きっぱなしの玄関から、青田が入ってきた。
「夏希、本当に行くのか。」
「青田くん、今までありがとう。」
「髪、切ったんだね。」
「うん。」
青田は夏希の隣りに座った。
「夏希と離れるなんて、俺、まだ信じられない。」
青田はそう言った。
「ずっと一緒にいたからね。」
「俺、決めるの、少し早かった。」
青田は夏希の肩に手を回した。
「どうして?」
夏希が聞いた。
「なんで焦ったんだろうな。」
青田は夏希の肩に顔を乗せた。
「青田くん、忘れる魔法かけてあげようか。」
夏希は青田から離れると、正面をむいて座った。
「そんな事されたら、ずっと忘れられなくなる。」
「いいから手を出して。」
青田が出した右手のひらの中に、夏希は何かを入れて、また握らせた。
「ほら。」
手を開いた青田は、夏希の顔を見た。
「何入れたの?」
「なんでも忘れる飴。」
何もない手のひら見て、青田は少し笑った。
「これからは、青田くんが好きになった人からもらって。私はもう、何も持っていないから。」
青田はそう言って涙を溜めた夏希を、抱き寄せた。
「夏希、俺がお前を振ったんだからな。」
夏希の肩も青田の肩も涙で濡れた。
「わかってる。」
少しすると、青田は部屋を出ていった。
卒業式の日。
両親とホテルに泊まっていた夏希は、潤の姉が待つ別の部屋にいた。
「ごめんなさいね。無理を言って。」
母の依子が、潤の姉のさや香にお礼を言った。
「潤から大切なお客さんだって聞いてますから。昨日は颯までここに泊まらせてもらって、こちらこそ、本当にありがとうございます。」
「颯くんは?」
夏希がさや香に聞くと
「夏希ちゃんのお父さんとコンビニへ行ったよ。もうすっかりはしゃいじゃって。」
さや香は夏希を鏡の前に座らせた。
「美里ちゃん、アップにできるけど、どうする?」
「夏希、ですけど。」
依子がそう言った。
「あっ、そうでした。どうしても間違えちゃうのよね。」
「美里ちゃんっていう人に、夏希はよく似てるの?」
「似てますね。顔じゃなくて、なんとなく感じが。」
さや香は鏡越しに夏希を見た。
「アップにしなくてもいいです。慣れてないから、頭が痛くなるんです。」
夏希はそう言った。
「わかった。」
さや香はそう言って、夏希の髪をセットし、横に小さな髪飾りをつけた。
「潤に写真を送れって言われているの。」
さや香は夏希に携帯を向けた。
夏希の父が入ってくる。颯は持っていたお菓子を、さや香に渡した。
「男の子ってかわいいもんだな。」
「颯、ありがとう言ったの?」
「さっき言った。」
颯は座ってお菓子を食べようとした。
「ご飯、食べるから後にして。」
さや香は颯がお菓子を食べるのを止めた。
「さや香さん、もう1泊泊まって行くだろう?冴木くんも来るって聞いたけど。」
さや香のご主人は、父の会社の部下だった。
「はい、お昼には着くと思います。夏希ちゃんは式が終わったら、袴を解きますから、またここに来てください。この後は友達と集まるんでしょう?髪も洋装に合うようにするから。」
さや香は夏希にそう言った。
「お姉さん、ありがとうございます。」
「夏希ちゃんって、いくつ?」
「22です。」
「潤はもう34よ。早くもらってあげて。」
さや香はそう言って笑った。
卒業式の会場に行くと、友人達が夏希の髪を触った。
「アップにしなかったの?」
「うん。」
「夏希、やっぱり短い方が似合うね。」
「そう?」
「田舎に帰るんだって。」
「うん。」
「彼氏とも別れたんでしょう。」
「別れた。」
「こっちにいたほうが、いろんな人と出会えるのに。」
「たくさん人がいても、自分が想う人は1人だよ。」
「そういえば、そうだね。」
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