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9章
アカマル
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朝早く、羽田空港に着いた稜と優は、中山競馬場までの道を急いでいた。進んでも進んでも、人が途切れない濁った空気の中、人混みの経験があまりない稜は、正直うんざりしていた。
優は遅れ出した稜の前まで戻ると、稜の手に優の上着の裾を握らせた。
「俺はあんたの子供か。」
優はどんどん進んでいった。凌は優を追いかけると置いていくな、優の手を握り微笑んだ。
暮れの中山競馬は、人でごった返していた。
丸岡オーナーから馬主席に招待されていたが、優はどうしても近くで見たいと 、スタンドから離れなかった。
稜が上の窓からみている丸岡オーナーに気づき、優に手を降るように伝えた。丸岡オーナーは双眼鏡で、稜と優を確認すると、ゆっくり右手にあげる。
稜は競馬新聞を優に見せると、マルコレッドと書いてある馬に赤く丸をつけた。
第4レース
12頭立ての新馬戦
馬券を買いに、稜は席を離れる。
優は稜が丸をつけた競馬新聞に、松本牧場、伊藤厩舎の文字を見つける。アカマルが、マルコレッドなんて名前で競争馬になったなんて、夢を見ているみたいだ。
戻ってきた稜が、マルコレッドと書いた馬券を優に渡す。
稜は新聞の8番人気のところを優に教えた。
8を手のひらに書いて、稜も優の手のひらに8を書いた。
「アカマル、そんなに人気ないのかぁ。頑張ってくれよ。」
稜は優の手を繋ぎ、パドックへ向かった。
12頭の馬がゆっくり歩く中、稜は優に、あれがアカマルだと指を指して教えた。
優が2番と書いた馬に目をやると、ピカピカになったアカマルが、兄が手綱を引かれて歩いている。
アカマルは優の前を、悠然と通り過ぎた。
おもちゃの様なキレイな服を着た人達が、一列に並ぶと、一斉に馬に跨った。
アカマルの上には浅尾が乗っていた。
浅尾は優の知っているいつも笑っている浅尾ではなく、近寄り難い空気を放っていた。一瞬、優の方をチラッと見たように感じがしたけれど、優はすぐに、気のせいだと思い、アカマルが歩く足音を想像した。
馬達が地下馬道へ消えていくと、稜は優の手を握り、またスタンドへと急いだ。
ふかふかの芝の上を、馬が一頭ずつ走り出す。
アカマルの番がきた。
浅尾は姿勢を低くすると、風に溶けるのようにアカマルを走らせた。
馬が去った後に舞う芝は、まるでスローモーションのように、優の心の中に落ちてくる。
ゲートが開く様子がターフビジョンに映された。
馬が走っている様子は、映画のワンシーンのように見える。本当にこんな景色が現実にあるんだ。
一頭一頭のゼッケンが映される中、アカマルは真ん中より後ろを走っていた。
稜は近づいてくる馬の足音にぞくぞくしていた。
4コーナーを曲がり、坂を上がった所で、アカマルの顔が見えた時、
「アカマル! アカマル!」
大声をあげた。
アカマルは、そのまま後ろの馬に大差をつけゴールをした。
「やったぞ! アカマル、よくやったな! 優、見てみろ、アカマルが1着だよ。優!」
稜は優の肩を抱き寄せると、アカマルを指さした。
優は稜の顔とアカマルを交互に見ると、自然とポロ涙が流れてきた。
「また、泣くのかよ。」
稜は優の顔を覗き込む。
ゴールしたあと、ゆっくりターフを走っていたアカマルは、地下馬道の入口の前で、急に脚を止めた。
浅尾が首を撫でたり、手綱を挽いて行くぞと、言っているようだが、アカマルはぜんぜん動かなかった。
稜がアカマルの視線先を追うと、なんとなく優の方を見ているような感じがしたので、
「アカマルー! わかったよー!」
そう声をあげると、アカマルはやっと歩き出し、地下馬道へ消えていった。
稜は涙がこぼれた優の髪をぐちゃぐちゃにすると、そのまま自分の胸に優を包んだ。
その様子を見ていた丸岡オーナーは、見上げた凌にこっちにくるように手招きをした。
馬主席に稜と優に入っていくと、丸岡オーナーから固い握手をされた。
「レッドはこれからどんどん強くなるよ。」
オーナーは稜にそう言った。
「松本さんのところは、もう廃業するんだろう。外国馬が入ってきて、大きい牧場が小さい牧場を食っていくっていうか、確かに競馬は道楽なのかもしれないけど、地域の大切な産業だからね。淋しい限りだよ。 レッドには、そんな小さな牧場で生まれた希望の星として、とても期待しているんだよ。」
オーナーは凌の肩を叩いた。
「オーナーには、いい名前をつけて頂いて、いい環境で可愛がられて、アカマルは本当に幸せものです。」
稜がそういうと、オーナーは優の方を見た。
優はオーナーに両手をあわせると、深く頭を下げた。
「浅尾くんは、馬よりも君が気に入ったみたいだが、浅尾くんより、君のほうが、この人は幸せになれるような気がするな。」
オーナーは凌にそう呟くと、優の手と稜の手に重ねた。そして最後に自分の手を乗せると、
「松本さんに、よろしく伝えておきなさい。生産者は引退したかもしれないけど、これから、楽しみができたとね。レッドはいずれ、君の働く牧場に行くことになる。それまで、腕を磨いて、仕事に精進しなさい。」
そう言った。
馬主席を出ると、優はもう少し競馬が見たいと、稜を誘った。稜は競馬新聞に書き込みながら、優にいろいろな事を教えた。 全部のレースが終って、中山競馬場をあとにすると、優はノートに、優の実家までの簡単な地図を書いて稜に見せる。
「斬新過ぎて、ぜんぜんわかんないわ。」
稜は優にそう言うと、優は稜の手を握り歩き始めた。
電車の中で眠ろうとしている稜の顔を、ノートで軽く叩いて起こした。混んできた電車の社内で、優は稜と離れないように、凌の体に近づいた。
優は遅れ出した稜の前まで戻ると、稜の手に優の上着の裾を握らせた。
「俺はあんたの子供か。」
優はどんどん進んでいった。凌は優を追いかけると置いていくな、優の手を握り微笑んだ。
暮れの中山競馬は、人でごった返していた。
丸岡オーナーから馬主席に招待されていたが、優はどうしても近くで見たいと 、スタンドから離れなかった。
稜が上の窓からみている丸岡オーナーに気づき、優に手を降るように伝えた。丸岡オーナーは双眼鏡で、稜と優を確認すると、ゆっくり右手にあげる。
稜は競馬新聞を優に見せると、マルコレッドと書いてある馬に赤く丸をつけた。
第4レース
12頭立ての新馬戦
馬券を買いに、稜は席を離れる。
優は稜が丸をつけた競馬新聞に、松本牧場、伊藤厩舎の文字を見つける。アカマルが、マルコレッドなんて名前で競争馬になったなんて、夢を見ているみたいだ。
戻ってきた稜が、マルコレッドと書いた馬券を優に渡す。
稜は新聞の8番人気のところを優に教えた。
8を手のひらに書いて、稜も優の手のひらに8を書いた。
「アカマル、そんなに人気ないのかぁ。頑張ってくれよ。」
稜は優の手を繋ぎ、パドックへ向かった。
12頭の馬がゆっくり歩く中、稜は優に、あれがアカマルだと指を指して教えた。
優が2番と書いた馬に目をやると、ピカピカになったアカマルが、兄が手綱を引かれて歩いている。
アカマルは優の前を、悠然と通り過ぎた。
おもちゃの様なキレイな服を着た人達が、一列に並ぶと、一斉に馬に跨った。
アカマルの上には浅尾が乗っていた。
浅尾は優の知っているいつも笑っている浅尾ではなく、近寄り難い空気を放っていた。一瞬、優の方をチラッと見たように感じがしたけれど、優はすぐに、気のせいだと思い、アカマルが歩く足音を想像した。
馬達が地下馬道へ消えていくと、稜は優の手を握り、またスタンドへと急いだ。
ふかふかの芝の上を、馬が一頭ずつ走り出す。
アカマルの番がきた。
浅尾は姿勢を低くすると、風に溶けるのようにアカマルを走らせた。
馬が去った後に舞う芝は、まるでスローモーションのように、優の心の中に落ちてくる。
ゲートが開く様子がターフビジョンに映された。
馬が走っている様子は、映画のワンシーンのように見える。本当にこんな景色が現実にあるんだ。
一頭一頭のゼッケンが映される中、アカマルは真ん中より後ろを走っていた。
稜は近づいてくる馬の足音にぞくぞくしていた。
4コーナーを曲がり、坂を上がった所で、アカマルの顔が見えた時、
「アカマル! アカマル!」
大声をあげた。
アカマルは、そのまま後ろの馬に大差をつけゴールをした。
「やったぞ! アカマル、よくやったな! 優、見てみろ、アカマルが1着だよ。優!」
稜は優の肩を抱き寄せると、アカマルを指さした。
優は稜の顔とアカマルを交互に見ると、自然とポロ涙が流れてきた。
「また、泣くのかよ。」
稜は優の顔を覗き込む。
ゴールしたあと、ゆっくりターフを走っていたアカマルは、地下馬道の入口の前で、急に脚を止めた。
浅尾が首を撫でたり、手綱を挽いて行くぞと、言っているようだが、アカマルはぜんぜん動かなかった。
稜がアカマルの視線先を追うと、なんとなく優の方を見ているような感じがしたので、
「アカマルー! わかったよー!」
そう声をあげると、アカマルはやっと歩き出し、地下馬道へ消えていった。
稜は涙がこぼれた優の髪をぐちゃぐちゃにすると、そのまま自分の胸に優を包んだ。
その様子を見ていた丸岡オーナーは、見上げた凌にこっちにくるように手招きをした。
馬主席に稜と優に入っていくと、丸岡オーナーから固い握手をされた。
「レッドはこれからどんどん強くなるよ。」
オーナーは稜にそう言った。
「松本さんのところは、もう廃業するんだろう。外国馬が入ってきて、大きい牧場が小さい牧場を食っていくっていうか、確かに競馬は道楽なのかもしれないけど、地域の大切な産業だからね。淋しい限りだよ。 レッドには、そんな小さな牧場で生まれた希望の星として、とても期待しているんだよ。」
オーナーは凌の肩を叩いた。
「オーナーには、いい名前をつけて頂いて、いい環境で可愛がられて、アカマルは本当に幸せものです。」
稜がそういうと、オーナーは優の方を見た。
優はオーナーに両手をあわせると、深く頭を下げた。
「浅尾くんは、馬よりも君が気に入ったみたいだが、浅尾くんより、君のほうが、この人は幸せになれるような気がするな。」
オーナーは凌にそう呟くと、優の手と稜の手に重ねた。そして最後に自分の手を乗せると、
「松本さんに、よろしく伝えておきなさい。生産者は引退したかもしれないけど、これから、楽しみができたとね。レッドはいずれ、君の働く牧場に行くことになる。それまで、腕を磨いて、仕事に精進しなさい。」
そう言った。
馬主席を出ると、優はもう少し競馬が見たいと、稜を誘った。稜は競馬新聞に書き込みながら、優にいろいろな事を教えた。 全部のレースが終って、中山競馬場をあとにすると、優はノートに、優の実家までの簡単な地図を書いて稜に見せる。
「斬新過ぎて、ぜんぜんわかんないわ。」
稜は優にそう言うと、優は稜の手を握り歩き始めた。
電車の中で眠ろうとしている稜の顔を、ノートで軽く叩いて起こした。混んできた電車の社内で、優は稜と離れないように、凌の体に近づいた。
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