冬の雨

小谷野 天

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4章

聞こえない目覚まし

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「おい! 何時だと思ってる!」 
 稜はぐっすり寝ている優を起こしに部屋に入ってきた。  
 そうだった、稜は優の布団を叩き、優を起こした。  
 昨日、優子が触って、優が後ずさりした頭にある傷が目に入ったけど、飛び起きた優に、凌は体を飛ばされ、尻もちをついた。
  稜はスケジュール表を指さして、枕元にある6時過ぎの時計を見せた。優は急いで布団を上げ、着替えを始めた。稜は慌てて部屋を出ていった。 

「俺がいても、どうでもいいのかよ。」 
  
 遅れてきた優に、辰夫は笑って、こっちこっちと手招きをする。
 辰夫は馬を部屋の外に出し、敷いてある牧草を手際よく、新しい牧草に替えていく。優はフォークのような形をした器具をうまく使えず、辰夫の数倍時間がかかったが、なんとか1部屋、キレイになった。  
 今度は稜が手招きし、ブラシを優に渡した。優は稜がやっているように、馬の体をキレイにとかす。
 両手が鬣をとかしていた時、課長の事を思い出し、優は後ずさりした。  
 稜は不思議そうに優の方を見たが、そのまま慌ただしく、馬をひいて放牧地へ向かった。  
 辰夫が優を呼びに来た。昨日生まれた仔馬に、ミルクを飲ませるように優に合図する。ミルクを作り、馬房まで運ぶと、バケツを抱えて仔馬にミルクを飲ませた。ミルクを飲み終えると、仔馬は優に甘えるようにくっついてきた。
 この子は昨日生まれたばかりだったよね。
 本当なら今頃、母馬に甘えていただろうに。
  大好きなものを失ったもの同士、なんとか生きて行くしかないんだよ。
 優はそう思って仔馬の鼻を撫でた。  
 優は辰夫の肩をつつくと、左手の親指と小指を見せ、右手で親指と小指を指した。  
 辰夫はああ、と言ったようで、親指を指さした。  
 この仔馬は男の子か、優はそう思った。  
 "  アカマル " 辰夫は馬房の前に書いてある名前を指さした。      

 ひと通り作業を終えると、優は優子の待つ台所に向かった。 優子は優を見るなり、エプロンを渡した。それは優子のエプロンではなさそうで、少し使い古したものだった。  
 稜はそのエプロンを見て、一瞬、固まった。  
 ピアノといい、エプロンといい、きっとこの家には、自分と同じくらいの女性がいたのだろう。
 そっか、あの写真の女の子か。   
 台所では、優が優子の顔を覗き込む度に、切ったり、盛ったり合図をしながら、食事の支度をした。
 手が変形した優子に代わって、優はテキパキと料理をこなしていると、優子の声が明るくなる。 
「なんか、楽しそうだな。」  
 辰夫が言った。 
「あの人は東京で何をやっていたんですか?」  
 稜が聞いた。 
「大きな会社に勤めていたらしいけど、なんでも、大切な人を交通事故で亡くして以来、耳が聞こえなくなったみたいだわ。」 
「あの、頭の傷は?」 
「昨日きた兄さんが言ってたけど、自分で髪の毛をむしっだらしい。 それにしても、なんだか俺も、優美が帰ってきたみたいな気持ちになって、預かった娘さんだけど、ついつい、色んな事を思い出してね。このまましばらく、ここにいてくれればいいのにな。」
 嬉しそうな辰夫に向かって、 
「耳が聞こえないから、この仕事は危ないんじゃないですか?」  
 稜は言った。 
「そうかもしれんけど…。今日はへこたれないで、よくついてきたと思うぞ。」
 優子は朝ご飯ができたと、2人を呼びにきた。 
 優は稜の茶碗にご飯をよそおうとして、大盛りの合図をした。
 稜はそれ以上に大盛りの合図をすると、優は笑った。

 牧場の一日は、何かをゆっくり考える暇もないほどに、あっという間に過ぎていった。  
 <明日の朝は遅れないように起こしてください>
 優は稜にノートを見せた。 
「ちょっと、待てよ。俺は男だし、あんたの部屋には行けないよ。」  
 稜はそう言ったが、優は稜の目の前に、
<蹴飛ばしもいいから起こしてください>
 そう書いて、凌にまた見せた。
「わかった。蹴飛ばしたりしないけど、1回で起きろよ。」   
 優は、わかった、という稜の口の動きを読んで、お願いいたします、と両手を顔の前であわせた。 

「なんだよ、まったく。」  
 稜はそう言うと、早く寝ろ、と腕時計を指すジェスチャーをした。
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