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11章
静かな時間
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月曜日の朝、伊藤厩舎に来ていた優と稜は、兄の潤に案内され、アカマルの馬房の前に来ていた。
優と稜を見るなり、前足を蹴り始めたアカマルに、今日はニンジン持ってないんだと、稜が言った。
アカマルは優の頭をかぶっと噛むと、今度は優の髪の毛に鼻をこすりつけた。
「優さんは、レッドには髪の毛を触らせるんだね。」
浅尾が立っている。
潤は持っている板に目を通すと、浅尾に何か話している。
浅尾はレッドを馬房から出し、ひょいと跨った。
アカマルに乗って颯爽と消えていく浅尾を見ていると、
「あなたが高山くんの妹さん?」
誰かの声がして、稜は振り向いた。
稜は優の肩を叩くと、優は後ろを振り返らせた。
「伊藤です。」
そう言って、稜と優に握手した。
<伊藤先生だよ。>
凌はノートにそう書くと、優はそれを見て、伊藤に深々とお辞儀をした。
「本当にこんなに早く、いい馬が来るとは思ってませんでしたよ。」
伊藤は優に向かってそう言った。
稜は、その言葉をノートに書いて、優に見せる。
優は先生の前でもう一度両手をあわせると、また深く頭を下げた。
伊藤は、
「調教、見ていかないか。」
と稜に話しかけた。稜はぜひ、とその後をついて行った。稜は優にこっちと手招きをした。
厩舎の外に出て、馬がトレーニングしている様子を凌は見ていた。
浅尾がアカマルを一定のリズムで速歩させている。
稜は初めて見る光景に、言葉を失った。
「君は今度、柏代ファームに入るんだったね。」
「そうです。」
「今は激しい調教よりも、こうして馬の心肺能力を鍛えるんだ。柏代ファームでも、同じ事をしてるだろう。君の事は、柏代のオーナーからいろいろ聞いてるよ。乗馬の腕前はたいしたものだってね。」
伊藤は稜を連れていろいろ説明しているようだった。 優はしばらく、調教の様子を眺めていたが、話し込む稜を置いて、アカマルの厩舎の前に来ていた。
少しして、浅尾とアカマルが馬房に戻って来た。
優は浅尾の顔をまっすぐ見ることができなくて、アカマルの鼻を触っていた。
浅尾が優の肩を叩く。
優はノートを出して、
<昨日はすごかったです、おめでとうございます>。
そう書いて浅尾に見せる。
<昨日、パドックで君を見た。>
浅尾はそう書いて優にノートを見せる。
<どんなに人がたくさんいても、俺にはわかるから。>
続けて書いた。
<アカマルも見つけてくれたのかな?>
優がノートに書く。
<動かなくなって本当に困った。>
浅尾は笑った。
<次は、いつレースがあるの?>
<2月の初めくらい、それから、5月には大きなレースに出る予定。>
浅尾はノートに書いた。
優は馬房のマルコレッドという名前を指さして、
<もうアカマルではないんだね>
そうノートに書く。
<優さんは?>
浅尾が書いた意味がわからず、浅尾を不思議そうに優は見つめた。
浅尾は優の髪をそっと撫でる。優はビクッとして後ろに下がった。
浅尾は優の思いを察したが、優の答えを持った。
<私は北海道にいる。>
そう書いて優は浅尾に見せた。
<俺は?>
浅尾が書くと、両手をあわせて優は謝った。
少し間があいた後、
<わかった。レッドの事は俺に任せなさい。>
浅尾はそう書いて優に見せた。
浅尾の優しさが、優には痛いほど伝わった。
アカマルが優の頭をまた噛んだ。
浅尾がゲラゲラと笑うと、伊藤と稜や潤達がアカマルの所に集まってきた。
浅尾は稜の腕をポンっと叩き、
「これでも、けっこうショック受けてるんだからな。」
そう言った。
「飛行機は何時?」
伊藤先生が聞く。
「14時半です。」
「ここからなら、結構かかるから、高山くん、車で送ってやりなさい。」
伊藤が言った。
「いいんですか?」
潤が言うと、
「今日は有名な浅尾騎手が来てるから、調教は君がいなくても大丈夫だよ。」
そう言って伊藤は浅尾の肩を掴んだ。
「サラブレッドの俺が道産子に負けるなんてさ。潤の妹さんはどうかしちゃってるよ。」
浅尾はそう言って笑った。
稜と優を乗せ、潤の車は空港へ向かって走り出す。
「あの馬がここにくるなんてね。」
潤は稜にそう言った。
「本当ですね。」
「優は相変わらずかい。」
「誰かと何かを話していても、いつも自分の世界にいます。」
「兄の俺が言うのもなんだけど、優は大変な暴れ馬だと思うよ。髪に印をつけた方がいいかもね。」
2人の会話をよそに、優は窓を開けて風を吸っていた。コンクリートから吹き上げる風は、なんとなく錆びた匂いがする。
千歳空港には1時遅れで飛行機が到着した。
あたりはすっかり暗くなり 雪で踏み固められた道を、2人で歩いて宿までやってきた。
優は外を歩きながら、東京で見た星とは比べものにならない空の星を見ていた。
稜がそっと優の手を繋ぐ。
「一緒の部屋でいい? 起きれないだろうし。」
稜は優を見ると、同じ部屋と、ゆっくり言った。
優は頷いて稜にもたれた。
「おい、甘えるなって。」
稜はそういって、優の手をぎゅっと握った。
部屋に入り、ベッドに座っている優の隣りに稜は座った。
凌は優の手のひらに、好きだ、そう書いた。
優は凌が好きだと書いた手のひらを、自分の胸に大切そうに押しあてると、涙が溢れた。
「また、泣くのか?」
凌は優をそのまま、自分の胸に寄せた。
静かな時間が流れているばすなのに、2人の心臓の音が聞こえるほど、部屋の中は張りつめている。
稜は自分の胸に顔を埋めている優を、きつく抱きしめる。
大切なものは、ある日突然消えてなくなるんだ。思い出の欠片を集めて暮らすくらいなら、その温もりを体に刻んで忘れない様にすればいい。
優の髪に顔をうずめた。
稜の呼吸が、優の髪を揺らしている。
稜の顔を見ようと、優が少し顔をあげた時、稜は優にキスをした。離さないように、優の体を包むと、ゆっくりベッドに優を寝かせた。
優と稜を見るなり、前足を蹴り始めたアカマルに、今日はニンジン持ってないんだと、稜が言った。
アカマルは優の頭をかぶっと噛むと、今度は優の髪の毛に鼻をこすりつけた。
「優さんは、レッドには髪の毛を触らせるんだね。」
浅尾が立っている。
潤は持っている板に目を通すと、浅尾に何か話している。
浅尾はレッドを馬房から出し、ひょいと跨った。
アカマルに乗って颯爽と消えていく浅尾を見ていると、
「あなたが高山くんの妹さん?」
誰かの声がして、稜は振り向いた。
稜は優の肩を叩くと、優は後ろを振り返らせた。
「伊藤です。」
そう言って、稜と優に握手した。
<伊藤先生だよ。>
凌はノートにそう書くと、優はそれを見て、伊藤に深々とお辞儀をした。
「本当にこんなに早く、いい馬が来るとは思ってませんでしたよ。」
伊藤は優に向かってそう言った。
稜は、その言葉をノートに書いて、優に見せる。
優は先生の前でもう一度両手をあわせると、また深く頭を下げた。
伊藤は、
「調教、見ていかないか。」
と稜に話しかけた。稜はぜひ、とその後をついて行った。稜は優にこっちと手招きをした。
厩舎の外に出て、馬がトレーニングしている様子を凌は見ていた。
浅尾がアカマルを一定のリズムで速歩させている。
稜は初めて見る光景に、言葉を失った。
「君は今度、柏代ファームに入るんだったね。」
「そうです。」
「今は激しい調教よりも、こうして馬の心肺能力を鍛えるんだ。柏代ファームでも、同じ事をしてるだろう。君の事は、柏代のオーナーからいろいろ聞いてるよ。乗馬の腕前はたいしたものだってね。」
伊藤は稜を連れていろいろ説明しているようだった。 優はしばらく、調教の様子を眺めていたが、話し込む稜を置いて、アカマルの厩舎の前に来ていた。
少しして、浅尾とアカマルが馬房に戻って来た。
優は浅尾の顔をまっすぐ見ることができなくて、アカマルの鼻を触っていた。
浅尾が優の肩を叩く。
優はノートを出して、
<昨日はすごかったです、おめでとうございます>。
そう書いて浅尾に見せる。
<昨日、パドックで君を見た。>
浅尾はそう書いて優にノートを見せる。
<どんなに人がたくさんいても、俺にはわかるから。>
続けて書いた。
<アカマルも見つけてくれたのかな?>
優がノートに書く。
<動かなくなって本当に困った。>
浅尾は笑った。
<次は、いつレースがあるの?>
<2月の初めくらい、それから、5月には大きなレースに出る予定。>
浅尾はノートに書いた。
優は馬房のマルコレッドという名前を指さして、
<もうアカマルではないんだね>
そうノートに書く。
<優さんは?>
浅尾が書いた意味がわからず、浅尾を不思議そうに優は見つめた。
浅尾は優の髪をそっと撫でる。優はビクッとして後ろに下がった。
浅尾は優の思いを察したが、優の答えを持った。
<私は北海道にいる。>
そう書いて優は浅尾に見せた。
<俺は?>
浅尾が書くと、両手をあわせて優は謝った。
少し間があいた後、
<わかった。レッドの事は俺に任せなさい。>
浅尾はそう書いて優に見せた。
浅尾の優しさが、優には痛いほど伝わった。
アカマルが優の頭をまた噛んだ。
浅尾がゲラゲラと笑うと、伊藤と稜や潤達がアカマルの所に集まってきた。
浅尾は稜の腕をポンっと叩き、
「これでも、けっこうショック受けてるんだからな。」
そう言った。
「飛行機は何時?」
伊藤先生が聞く。
「14時半です。」
「ここからなら、結構かかるから、高山くん、車で送ってやりなさい。」
伊藤が言った。
「いいんですか?」
潤が言うと、
「今日は有名な浅尾騎手が来てるから、調教は君がいなくても大丈夫だよ。」
そう言って伊藤は浅尾の肩を掴んだ。
「サラブレッドの俺が道産子に負けるなんてさ。潤の妹さんはどうかしちゃってるよ。」
浅尾はそう言って笑った。
稜と優を乗せ、潤の車は空港へ向かって走り出す。
「あの馬がここにくるなんてね。」
潤は稜にそう言った。
「本当ですね。」
「優は相変わらずかい。」
「誰かと何かを話していても、いつも自分の世界にいます。」
「兄の俺が言うのもなんだけど、優は大変な暴れ馬だと思うよ。髪に印をつけた方がいいかもね。」
2人の会話をよそに、優は窓を開けて風を吸っていた。コンクリートから吹き上げる風は、なんとなく錆びた匂いがする。
千歳空港には1時遅れで飛行機が到着した。
あたりはすっかり暗くなり 雪で踏み固められた道を、2人で歩いて宿までやってきた。
優は外を歩きながら、東京で見た星とは比べものにならない空の星を見ていた。
稜がそっと優の手を繋ぐ。
「一緒の部屋でいい? 起きれないだろうし。」
稜は優を見ると、同じ部屋と、ゆっくり言った。
優は頷いて稜にもたれた。
「おい、甘えるなって。」
稜はそういって、優の手をぎゅっと握った。
部屋に入り、ベッドに座っている優の隣りに稜は座った。
凌は優の手のひらに、好きだ、そう書いた。
優は凌が好きだと書いた手のひらを、自分の胸に大切そうに押しあてると、涙が溢れた。
「また、泣くのか?」
凌は優をそのまま、自分の胸に寄せた。
静かな時間が流れているばすなのに、2人の心臓の音が聞こえるほど、部屋の中は張りつめている。
稜は自分の胸に顔を埋めている優を、きつく抱きしめる。
大切なものは、ある日突然消えてなくなるんだ。思い出の欠片を集めて暮らすくらいなら、その温もりを体に刻んで忘れない様にすればいい。
優の髪に顔をうずめた。
稜の呼吸が、優の髪を揺らしている。
稜の顔を見ようと、優が少し顔をあげた時、稜は優にキスをした。離さないように、優の体を包むと、ゆっくりベッドに優を寝かせた。
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