冬の雨

小谷野 天

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6章

馬の背中

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 生まれた仔馬のアカマルは、優の背を超えるほどに大きくなった。    
 稜はアカマルの背中に布を掛ける。 
 それは何?優は凌に背中の布を指さした。   
 優の作業着をつまんだ凌の口元が「服」と言っている。     
 寒いからなのかと、優が震えてみせると、稜は自分の髪の毛を触り「伸びるから」そう言った。 
 はあ、と頷いた優に、
「ほんとにわかったのか?」
 と稜は顔を覗き込む。
 優は壁に掛けてあった、馬の服を手に取り、もう一頭の馬を指さした。  
「あの馬にも着せろって事か。わかったよ。」
 凌は優から服を取ると、優が指差す馬に向かって歩いていった。
 チラッと見えた優の頭の傷が、きれいになっていて、凌は少し安心をした。   
 ここの澄んだ風に吹かれて、傷が早く治ったんだな、凌はそう感じていた。    
 
 最近は稜が起こさなくても、優は自分で起きて、厩舎にやってきた。 
 フォークの使い方も少し上達し、辰夫や稜が手招きしなくても、仕事を順番を覚えていた。
 
  稜は馬の背中を指し、乗る? と優に言ってみた。
 優は首を振り、耳が聞こえないと、稜に伝える。 
「都合のいい時だけ、聴こえないっていうんだな。」  
 稜が優に向かって言ったが、優は何を言われてるかわからず、稜にノートを出した。  
 稜はノートを優に押し返すと、ご飯を食べる真似をして、馬の背中を指さした。そして、優をゆっくり指さした。   
 その様子を見た辰夫が稜に何かを言っている。 
「まだ、無理なんじゃないか?」
「ここで教えられる事は、みんな教えてやりたいんです。」 
「だからって、厩舎の仕事をやっと覚えてきたばかりなのに。」 
「この人は、いつ東京へ帰るかわからないじゃないですか。」 
 凌は顔を曇らせた。
「向こうへいつ戻るかは、まだ何も決めてはいないよ。」 
 辰夫が言う。
「俺はこの人が東京へ帰っても、今みたいに笑って暮らせるように、ここで教えられることは、みんな教えてやりたいんです。」 
 優は辰夫と稜が真剣にしている話しは、自分の事だと感じていた。  
 
 昼ご飯を食べている時、優は優子に、
<二人が何を話していたか教えてほしい>
 ノートに書くと、優子は稜を指さした。 優子に肩をたたかれた凌は、優の方をむいた。
 稜は時計を見せて、指を2本立てる。
 それから牧場のほうを指さして、馬に乗るジェスチャーをした。
 これから馬に乗る練習をするのだと感じた優は、自分の耳を指さして、バツを作った。  
 優子は優の作ったバツを優の頭の上で丸に作り直し、大丈夫、そう言って、稜を指さした。   

 2時。
 牧場の前で待っていた稜は、優を連れて草を食べていたアカマルのそばまで歩いた。優に何度も、歩くように声を掛ける。 
 辰夫が馬はいつも走りたがっているから、人が走ると刺激され、急に走り出してしまう事があると、優に教えていた。  
 大人しく厩舎まで歩いてきたアカマルに、凌は手際よく鞍をつけると、その背中にさっと乗って見せる。今度はゆっくりと降りて、優にアカマルを乗るよう伝えた。  
 怖がっている優の足を支えて、稜は優をひょいと優をアカマルに乗せた。 
 馬の背中はとてもあたたかくて、鬣が揺れていた。  
 視線が高くなり、優はびっくりして稜を見た。
 稜は優に前に向く様に伝えると、手綱を持って牧場まで歩き始める。  
 馬を止める方法、馬を歩かせる方法を、足を使って合図するんだと教えてくれた。  
 稜の言葉はわからないが、稜が伝えたい事は、はっきりとわかった。   
 様子を見ていた優子は、  
「優ちゃんも、立ち直ってくれればいいね。」  
 辰夫にそう言った。 
「稜くんは、優しい子だからね。私達もどれだけあの子に助けられた事か。本当は優美と一緒になれたら、良かったんだけど、それはもう無理な話しだから。せめて好きな人ができて、当たり前に幸せになってほしいって、そればっかり。」 
 優子はそのまま2人を見つめていた。   
 乗馬の練習を終えた優は、両手が持ってきたニンジンを、アカマルに食べさせる。
 ごめん、重かったね。
 優はアカマルの鼻を撫でた。 
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