強くて弱いキミとオレ

公平の本気

　地面に横たわっている薫。
　
　松葉たちが竹沢と佐安治を見た場所まで行き、そこから三手に別れた。
　そのほうが効率良く探せると思ったからだ。
　二人は姿を現していない。
　最初に見つけたのが自分だったのだろう。
　
　路地裏の奥まったところにあった意外に広い倉庫。
　日曜日の昼だというのに人の気配を感じた。
　鍵が空いていることも不審に思い、中に入って薫を見つけたのだ。
　薫は口とこめかみから血を流していた。
　血の気がなくなってゆくのを感じる。
　
　薫が。
　
　ぴくとも動かない。
　
　薫が。
　
　ゆっくりと歩を進めた。
　黒服たちがスッと下がる。
　薫の前には佐安治が立っていたが、公平の視界には薫しかいなかった。
　
「公平」
　
　呼ばれても無視した。
　薫のそばに行かなければ。
　その公平の前に黒服二人が立ちふさがる。
　
「邪魔なんだよ」
　
　公平の中の闇い部分が目を覚ましていた。
　どうしようもなく怒りに支配されてゆく。
　
「亮輔さんと話を……」
「うるせえ！！」
　
　黒服の一人の腹を思い切り殴った。
　自分の両手が凶器であることは知っている。
　
　知っていても止められない。
　
　もう一人が羽交い絞めにしようとしてくるが、サッと身をかわして横から殴りつけた。
　一瞬で二人が地面に倒れ、動かなくなる。
　公平は前に進んだ。
　
　薫が。
　
　俺の。
　
「連れて帰るぜ」
　
　佐安治が冷たい視線を投げてきた。
　
「そんなにこいつが大事か」
　
　薫の背中を踏みつける。
　声さえあげない薫。
　さらに怒りが増幅されてゆく。
　
「だったら？」
　
　佐安治がひょいと顎を振った。
　黒服がポケットからなにかを取り出し、地面にばらまいた。
　写真だ。
　薫が黒服たちと喧嘩をしているところが映っている。
　公平は、ちらっと見たあと、佐安治に視線を戻した。
　
「それで？」
　
　佐安治が眉を少し持ち上げる。
　
「退学にはさせたくないだろう？」
「だったら？」
「表に戻って来い。そうすれば、もうこいつに手出しはしない」
　
　言われた瞬間、笑った。
　佐安治の顔がみるみる歪んでゆく。
　
「相変わらずの卑怯ぶりだな、亮輔ぇ」
　
　写真を蹴散らしながら、ゆっくりと歩いた。
　
「薫が退学になったら、俺も辞めりゃいいだけじゃん。お前、頭、悪過ぎ」
　
　黒服たちが公平を取り囲む。
　
「おーおー、自分らの殿様がバカにされて頭にキたか？」
　
　自分はとっくに頭にキている。
　それはもう自分で自分を止められないほどだ。
　
「やめとけ」
　
　止めたのは佐安治だった。
　
「お前らじゃ相手にならん。そいつはボクシングのオリンピック選手候補にもなれたヤツだ」
　
　輪がほどける。
　公平と佐安治。
　薫をはさんで一対一でにらみあっていた。
　
「裏音羽をやめたら表に戻って来られなくなるぞ」
「俺が、まだそんなもんに未練があると思ってんのか」
　
　どうでも良かった。
　
　あの日。
　
　佐安治に犯されかかったあの日に自分は変わってしまったのだ。
　目指していたものも、なにもかもを捨てた。
　人と関わるのも嫌になっていた自分を薫は望んでくれ、それによってまた自分は変われた。
　薫がいない生活が、どれほど寂しいかも思い知った。
　
　裏音羽に薫がいるならば、自分もそこにいる。
　いないならば、自分もそこにはいない。
　
「どうでもいいんだよ、表とか裏とか」
　
　薫に視線を向ける。
　まだ動かない。
　
「俺はそいつがいれば、そんだけでかまわねぇのさ」
　
　視線を佐安治に戻した。
　わずかに首を傾け、目を細めてにらみつける。
　
「よくも俺の薫をボコりやがったな」
　
　ふわっと公平の体の周りの空気が変わっていた。