保護猫subは愛されたい

あうる

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都心から離れた郊外。
ドムの女王様が住んでいるとは思えない、静かな住宅地にある小さな一軒家。
慣れた様子でその家の前に車を止め、晶の手を引き外に出る。

「都心にもいくつかマンションがあるが、姉が自宅と呼ぶ場所はここだけでね」

表札のない玄関には呼び鈴もなく、一見して生活感もない。
人がいるのかいないのか、それすらもよくわからないその家は、しかし手入れだけはしっかりされているようで、庭には色味やかな花やハーブが栽培されている。

「セージ、ローズマリー、タイム」

夏場になれば、パセリもまた花を咲かせるのだろうか。
どこかで見覚えのあるそれらの名を口ずさめば、耳の奥から幻聴のように聞こえるアイリッシュのバラード。
思い出し、ふと口をついて出たのは、帰国子女の同僚がかつて口ずさんだ古いバラッドの一節。

「The elphin knight sits on yon hill(妖精の騎士が丘に腰を下ろした)」
「………晶?」

マスターにしてみれば、突然訳のわからないことを言い出したと思うのも無理はない。
説明しようと口を開きかけたその時。

《elfin'Knights》エルフィンナイトをご存知なのね。我が弟の伴侶は随分とお利口さんだこと」

かけられたのは、落ちついた抑揚の女性の声。
声の使い方というか、雰囲気というか。
どことなくマスターと通じるものを感じ、この人がそうかとすぐにわかった。
既に50歳近いはずだが、とてもそうは見えない。
直ぐ様深く一礼し、マスターに視線を向ける。

「出ていたのならもっと早くに連絡が欲しかったんだが?」
「貴方達は私の家族でしょ?勝手に入ってきたらいいわ」

冷たい言葉を吐きながらも、その態度からは不思議と歓迎されていることがわかる。

「土産もなくて悪いが」
「ならそこの子猫を置いて帰ったらいいわ。教養のないのあなたより余程気が合いそう」
「あれだけ揃えてまだ満足できないと?」
「できないわ。永遠にね」
「だからといって人のものに手を出すのはルール違反じゃなかったか?」
「人のものじゃないわ。弟の伴侶だもの。そうでしょ?ねぇ?」

間髪なしの会話はどきりとするような内容を含みながら交わされ、二人の視線がほぼ同時に晶へと向けられた。

「あの、マスター………」
「晶、真面目に受け取らなくて構わない。この人の軽口は人を惑わす魔女のそれと同じだと思ってくれ」
「酷いわね、たった一人の姉に向かって」
「とにかく、立ち話もなんだから早く中へ入れてほしいんだが?」
「さっきから言ってるじゃない。あなた達の家でもあるんだから、さっさと入ればいいわ」

その答えに、ついに諦めたようにため息をついたマスター。


「行こうか、晶。中を案内する」

姉であろう女性に背を向け、晶の手をしっかりと握ったまま歩き出すマスター。

ハーブの咲く庭に佇む女性は、まるで妖精の女王のように美しくーー魔女のように妖艶。

そして。

雄吾に似て、どこか寂しげに見えた。
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