保護猫subは愛されたい

あうる

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ブルルルル……

「私よ。ええ、そうね。五分後にお願い。カーペットはクリーニングに出して、この色は気に入ってるの」

肩で息をするような見苦しい真似をするでもなく、鳴り響いたスマホのバイブ音きっかけにすっかり我を取り戻した巴は、琥珀色にシミのできてしまったカーペットと、その元凶であるマスターとをチラリと一瞥し、それだけを言うとあっさり着信を切った。
恐らくは家の管理をしているという業者か、それにかかわる人間の誰かからの連絡だったのだろう。
家の中がリアルタイムで管理されている、というのは本当だったわけだ。

そして、渋面を浮かべるマスターに向かい、「聞いたわね?このくだらない言い合いも後5分よ」と、宣告を下す。
そうしてから、首輪を手にした晶の元へ歩み寄り、その首輪をスッと手元から抜き取る。

「御免なさいね。こんな武骨なものをあなたの首に飾らせるわけにはいかないわ」
「?それはどういう……」

首輪にしろと渡した張本人からのこの言葉は、まるで謎かけのように意味不明だ。

「大体少し考えればわかる事でしょう。
つけっぱなしの首輪で録画できる限界なんて限られてるにきまってるじゃない」
「……?」
「体内電流を使った永久機関、なんて歌ってるGPSもあるけど、そんなまだ実験段階のモノ、大切弟の伴侶に使わせるわけないじゃない。むしろ、彼にあなたを見捨てられては私が困るんだから」
「何を意味の分からないことを…。自分で言い出したことを今更引っ込めるなんてらしくありませんね」
「予想以上に馬鹿だった弟に何を言われても響かないわ。
今度から連絡は彼に直接することにするから、あなたはもうこの家に来なくてもいいわよ」
「??」
「―――晶はスマホを持っていませんが」
「取り上げたの?見苦しい」

ああいえばこういう。
ヒートアップしたかと思えばあっさり引き、そうかと思えばまたすぐに丁々発止が始まる。
けれど、時間がないといった手前、それほど話を長く続けるつもりもなかったのだろう。
巴の言っていることを総合すると、つまり。

「その首輪はフェイクということですか?」
「当たりよ。本命はこっち」

そう言って巴は後ろを向くと、整然と食器類が並べられていた戸棚の一つを開け、先ほどよりもいっそう小さな小箱を取り出した。
これは。

「……腕時計?」
「スマートウォッチの改良版といったところかしら。よくある基本的な機能はすべてついているし通話や緊急通報もできる。後は先ほどあなたたちに話した外側からの監視機能も備わってるわ。
防犯ベルの代わりにもなるし、着用者の異常な脈拍を検知した場合、速やかに管理者のもとに通知が届くようにもなっている。この場合の管理者は主である貴方と―――――私ね」

どちらかと言えば女性向けのようにも見えるこじゃれたスマートウォッチ。
ベルト部分が皮やプラスチックではなく、先ほどの首輪と同じ金属の環で出来ていること以外は、市販のものと何ら遜色ない。
首輪と同様、止めるための金具の存在が見当たらないことは気になるが、恐らくは専用の何かをつかっての着脱となるのだろう。

「なぜあなたのもとに連絡が……」
「そうね。私も最初は必要がないかと思っていたけど、今のあなたの腑抜け具合を見るとつけておいて本当によかったと思うわ。私なら、どこにいても数分以内にはその場に救援を送ることができるから。
ちょっとしたお守りみたいなものね。私からのお祝いよ」

最初に感じた儚さなどどこへやら、姉の強さを前面に押し出した巴から手渡された時計は確かに魅力的で、思わず振り返ったマスターもまた、「なぜ最初からそっちを出さないんだ…?」と呟きながら、受け取ることには肯定的な態度を見せる。

同じ機能を搭載した機器でも、先ほどの首輪とこの腕時計とでは、扱いが天と地ほども違う。
受け取る側の意味合いも同じだ。

「交渉ごとの基本も忘れたの?」
「最初に無理難題を押し付けることでハードルを上げ、そのあとでそれよりも幾分ハードルの下がった本当の願いを相手に飲ませる…?」

詐欺行為でもよくつかわれる心理的トリックの一つだ。

「その通りよ、子猫ちゃん。
この愚弟は、頭に血が上るととんだ暴れ馬になるようだから、これからはあなたがうまくコントロールしてあげて頂戴ね。あぁちなみに、その首輪も別に偽物というわけではないわ。
知人から頼まれたものの試作品なのよ。
動作時間は内臓式の電池が壊れるまでの約半年、最長録画可能時間は連続で1時間といったところだから、まだ実用段階には及ばないレベルね」

あれだけ小さなものに仕込まれた機能としては十分すぎると思うのだが、「ただの玩具だわ」と巴の評価は容赦がない。

「奴隷だなんだと言い出すとまでは思わなかったけど、domなら自分のSubの首輪を自分で選びたいと思うのは当然でしょ。その権利まで取り上げたりしないわよ」
「……あなたならやりかねないと思ったもので」

首輪首輪と、初めから口にしていただけにすっかり騙された。

「――なんならこの首輪、孫悟空の環のような電撃機能でもつけてもう一度プレゼントしてあげましょうか?
逃亡防止の為ではなく、暴れ馬の調教用にね」

くるくると指輪の中で環を回し、愉快気に告げる巴。
その場合は勿論、首輪を身に着けるのが晶ではなく雄吾であることは明白だ。

「あなた相手なら、デザインなんてどうでもいいし」
「いりませんよ。結構です」

苦虫を噛みつぶしたような表情で深々とためいきを吐くマスター。

「そう?欲しくなったらいつでも連絡してね、子猫ちゃん。
詳しい説明はその箱の中に入っているけど、簡単な操作で私と直接のやり取りができるようになっているはずだから」
「充電は?」
「専用のUSBが入っているから適当なモバイルバッテリーにでもそれを繋げればいいわ。
一時間程度でほぼ一週間持つから。それからこっちの指輪だけど」

そう言って、首輪と共に入れられていた例の指輪を取り出し、雄吾に向ってぽいと投げる。

「あげるわ。それにもGPSと通話機機能がついてるし、子猫ちゃんの側からそっちの指輪の居場所を確認することもできるから」

万が一、晶ではなくマスターの側に何かがあった場合でも、すぐにその居場所が特定できる。
どこまで先を見通しているのかわからないその仮定が恐ろしくもあり、頼もしくもある。

「…どうせ不要だと言っても聞かないんだろう、あなたは」
「あげたものはあなたの自由よ。もうどうとでも好きになさい」

後は勝手にしろ、とでも言わんばかりの態度で言葉を投げ、ちらりと横目に時計を見る。

「さぁ、もうすぐ五分になるわ。さっさと家から出ていってくれるかしら?」
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