アオバと

neko12

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開放

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夜の王都は、静かで穏やかだった。

 だけど私の心には、ずっとざわつきがあった。

 「モモナ、今日……ずっと遠くを見てたね」

 「感じた。遠くで、こっちを見てる目。おそらく、魔王の眷属」

 ベッドに座る私の足元で、モモナがソファに腰掛けて窓の外を見ていた。
 茶色と黒に近い毛並みは、前世では雉トラと呼ばれていた毛色だ。胸元は真っ白で美しい
 だけど今のモモナは、鋭く、しなやかで、どこか冷たい。

 それでも、たまにこちらに目を向けると、私は安心してしまう。
 この目を、何年も見てきたから。



 その夜は、突然だった。

 爆音もなく、ただ風が止まった。
 窓がひとりでに開き、炎も光もないのに、部屋の空気が重くなる。

 「青葉、伏せて」

 モモナの声と同時に、黒い霧が床を這って侵入してきた。

 そこにいたのは、仮面をつけた人型の何か。
 だけど人間じゃない。目が合った瞬間、私は体の芯が凍りついた。

 「聖女。魔王様が、お呼びです」

 「呼ばれても、行かせない」

 モモナが前に立つ。獣人の姿で、爪を出し、尻尾が警戒の揺れを見せる。

 「私のアピちゃ──青葉に、指一本、触れさせない」

 その声に、仮面の男が口元を歪める。

 「獣の分際で」

 次の瞬間、空間が歪んだ。

 魔力衝撃。モモナが弾き飛ばされた。



 「モモナッ!!」

 私は無意識に走り寄っていた。

 体のどこかが叫んでいた。守りたいと。

 でも私には、剣も魔法もない。ただ、モモナを撫でる手しかない。

 でも──その手が、光った。

 「なっ……」

 魔王の使徒が、後退る。

 私の手から、温かい金色の光が広がっていく。
 包むように、優しく、だけど確かに。

 「この力……癒し……再生……いや、“共鳴”か」

 モモナの体に触れた瞬間、彼女の金の瞳が強く光った。

 次の瞬間──彼女の力が、変わった。

 空気が爆ぜ、重力が歪む。仮面の使徒が、逃げの構えに入った。

 「間違いない。この力、青葉の……!」

 「私の“鍵尻尾”に触れられるのは、青葉だけだ」

 その声は冷たいのに、どこか誇らしげだった。

 モモナの尻尾の先──カギ状になった部分から、金の軌跡が走る。
 それはまるで、封印された扉を開く“鍵”のようだった。



 結果は、一撃だった。

 モモナの爪が仮面の使徒を貫き、霧が晴れる。
 残されたのは、微かな灰と、風の音だけ。



 静まり返った部屋で、私はそっとモモナの顔を覗き込んだ。

 「……ごめん、勝手に触った」

 「いい。むしろ、もっと触って。目の上から、頭まで、撫でて」

 「うん」

 私はそっと手をのばして、彼女の目元から額を撫でた。

 雉トラだったころと、変わらない感触。

 でも今のモモナは、もっと強くて、もっと遠くを見てる。

 それでも変わらない。
 私は、モモナが撫でられると少しだけ嬉しそうに目を細めるこの瞬間が、何より好きだった。
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