マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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15、恋に堕ちるには (2) side透

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 2度目の遭遇は結婚式の披露宴会場。
 もちろん透のではなく、弟の朝哉と雛子の結婚式だ。
 約半年前の3月、うららかな春の午後だった。


 結婚式において、兄の存在なんてあっても無くても構わない存在だ。
 スピーチをするでもなく、出し物をするでもなく、ある意味友人以上に存在感が薄い。

 花婿である朝哉はもちろん、祖父や両親も朝からずっと浮かれていて、披露宴の会場でも、皆が入れ替わり立ち替わり花嫁の控え室に押し掛けては美しい次男の嫁を愛でていた。

 だからその日の透は、弟の結婚を喜びながらもなんだか居心地が悪く、挨拶を済ませた後はロビーのソファーに座ってぼんやり披露宴開始の時間を待っていたのだった。


 しばらくするとクインパスの社員らしき男女とホテルの披露宴担当者が会場入り口に長机を設置してガタガタと準備を始めた。

 総務から手伝いに駆り出されたのであろう若い男女は、しばらくすると何処かに電話を掛け始めた。

「ヨーコさん、すいません、お花の並べ順の確認をお願い出来ますか?」

ーーヨーコ?!

 その名前を聞いた途端、一気に目が覚めた。

 いや、良くある名前だ。『洋子』かも知れないし『陽子』かも知れない。
 それでもつい期待してしまう自分がいる。

 彼女は朝哉の秘書だ。この会場に来賓として呼ばれている可能性がある。そうでなくても準備に駆り出されているのではないだろうか。

 緊張しながら見守っていると、果たしてやって来たのはヨーコその人だった。

ーーやった!

 約半年ぶりの再会だ。いや、一方的に見ているだけだけど。
 心臓がドキドキする。話し掛けてみようか。いや、仕事の邪魔をしてはいけない。


「ヨーコさん、スタンド花の並び順が分からなくて……」

「そうですネ……あっ、J大病院の総長のはT大よりも手前にしてクダサイ。その次にK大を。政治家のセンセー方のはあちら側に。一番手前がソーリ大臣のデス」

 テキパキと指示を出す姿に、自分の事のように誇らしくなった。
 いや、全くの他人なのだけど。

 前に会ったスーツ姿の彼女も素敵だったけれど、今日の彼女も美しい。

 長袖がレースになっている濃紺のワイドパンツスーツに5センチヒール。
 ドレスではなくパンツスタイルでヒールも低めなのは、もしも暴漢が現れた時にすぐ対処出来るようにだろう。
 クインパスの秘書や運転手は、不測の事態に備えて全員何らかの護身術を習得しているのだ。


「ヨーコ、そろそろ受付にスタンバイするぞ」

ーーんっ、あれは竹千代!

 竹千代は朝哉の側近で、専務補佐の運転手。そして透たち黒瀬兄弟から見ると母方の再従弟はとこにあたる。
 遠い親戚だから年に一度会うかどうかの間柄だったけれど、朝哉に心酔してクインパスに入社してきたと聞いている。

ーー妙に親しげだな……。

 専務補佐と秘書は行動を共にする事が多いから、当然と言えば当然だけど……。


 2人は受付用の長テーブルに並んで芳名ほうめい帳や席次表の確認を始めた。
 顔を近づけて時々クスクス笑いながら楽しげだ。距離感が近過ぎる。

ーーまさか付き合っているのか?!

 実を言うと、白石工業で初めてヨーコを見た時、彼女は朝哉の恋人、又は元恋人なのではないかと思っていた。
 朝哉には雛子という彼女がいるのは知っていたけれど、ヨーコと二股を掛けていたのでは……と疑っていたのだ。

 それほど2人は親しげだったし、ニューヨーク営業所からわざわざ引き抜いてきたという辺り、いかにも怪しいと思っていた。

 その後、朝哉の雛子への偏愛ぶりを見て、それはあり得ないな……という結論に至ったのだけれど。
 自分の中で、ヨーコが朝哉を好きだったのでは……という疑念は残ったままだ。


 ふと気付くと、ヨーコが涙ぐみ、竹千代が背中を叩いて慰めている。

「私の……トモヤ……取られて………悔しい…」

 小声でボソボソ話しているからハッキリ聞こえないが、どうやら『トモヤが取られた』とか『悔しい』とか言っているようだ。

 そのうちに両目の下に人差し指をあてて、「エーーン!」と泣き出した。

 そして今、更なる疑惑が湧き上がった。

ーー朝哉への失恋で落ち込んでいるヨーコを竹千代が慰めている……のか?! 竹千代はヨーコ狙いなのか?!


 その後の披露宴でも新郎新婦を見て泣いているヨーコに竹千代がずっと寄り添っていた。

 きっとあの2人は付き合う事になるのだろうな……と思った。

ーー告白する前に失恋確定か……。

 朝哉を好きだったのなら、きっと社交的で行動力のある男がタイプなのだろう。自分の出る幕は無い。


 どうせ恋なんて必要ないと思っていた。
 今の仕事が好きだし、コンピューターや機械と向き合っている時間は有意義だ。

ーーうん、仕事に生きよう。


 透は知らなかった。
 あの時、披露宴会場の受付で交わされていたヨーコと竹千代の本当の会話を。


『タケ、ヒナコのドレス姿を見ましたカ? 地上に舞い降りたエンジェルでしたヨ!胸がキュンとしまシタヨ!』
『おう、朝哉さんも超絶カッコ良かったな』

『トモヤはどうでもいいんですヨ!ううっ、私の可愛いヒナコがトモヤのモノになってしまう……』
『ずっと同棲してたんだし、雛子さんはもうとっくに朝哉さんのもんだけどな』

『ウキーッ! それは言わないでクダサイ! 私のヒナコをトモヤに取られて悔しいデス!』
『雛子さんがヨーコの物だった事なんて無いけどな』

『タケは冷たいデス。鬼デス。エーーン!』
『こんな人目のあるとこで泣き真似はやめろ』


 そして全てが透の勘違いだったと判明するのは、それから更に半年後、場所をニューヨークに移してからになるのであった。
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