マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

文字の大きさ
15 / 56

14、恋に堕ちるには (1) side透

しおりを挟む
 
 目が覚めてすぐに、自分の左側を確認した。

ーー良かった、ちゃんといた……。

 ここはヨーコのアパートなのだから、彼女がいるのは当然なのだけど。
 夜の間に起こった事が夢か幻想で、目を開けたら自分のアパートに1人でいた……というオチかも知れないと思ったのだ。

 だけどそんな不安は一瞬で霧散した。

 シーツに広がる亜麻色の髪。身体に回された細くて白い腕。絡められた脚。
 透の左腕を枕に、少し身体を丸めて縮こまるようにして眠っているのは、ずっとずっと好きだった……そして今は恋人となった女性ひと

 未経験の自分は、腕枕なんて首が痛いだけで寝にくいんじゃないか? と常々思っていたけれど、彼女は規則的な寝息でぐっすり眠っているから、その辺りは問題無かったようだ。

 左腕が痺れているから、問題が起こるのは腕を提供する男性側になんだと分かった。
 愛しい人の頭を支えているのだと思えば、今はその痺れさえ喜びだ。
 
 自分の腕にすっぽり収まっている横顔は安心し切っていて、この上なく庇護欲が満たされる。世の男性が腕枕をしたがる気持ちが、今なら理解出来る。


ーーシャワーを浴びようかな。

 身体中汗だくだからスッキリしたい。
 彼女の身体も拭いてあげたいな。身体中を舐め回した挙句、興奮してかなり激しくしてしまったから……。

 腕を抜こうとしたら、彼女が「ん……」と微かに身じろぎしたので、そのまま動くのをやめた。
 この可愛らしい寝顔の邪魔をするなんて罪悪だ。

 暫くはこの腕の痺れと共に、幸福感を享受きょうじゅしておこうと、彼女の額に頬を寄せ、その甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。





 今でもハッキリ覚えている。
 出会いは1年近く前、白石工業の駐車場。

『白石工業』は、クインパスの子会社である『白石メディカ』の研究開発及び製造を受け持つ会社で、今やクインパスの主戦力の一つとなった心臓カテーテルの製造を担っている、クインパスグループの重要拠点の一つでもある。

 建物は埼玉県川越市の工業地帯にあり、研究開発センターと併設された工場などを合わせると従業員600名ほどの、精密機器会社だ。


「センター長、専務の車が駐車場に入られたそうです」
「分かりました」

 白石工業社長の村上と共に外に出ると、ちょうど黒い高級セダンから朝哉が降りて来たところだった。

 だけど透の目は、その後ろに立つ、背の高い人物に釘付けになった。


 夏の名残と秋の気配が混じり合う、緑と黄色の木立を背景に、彼女は立っていた。

 高い身長を隠す事なく、更に高く見せるハイヒール。
 それを誇らしげに、スッと背筋を伸ばした立ち姿は、日本人にしては珍しく堂々とした雰囲気を纏っている。

 距離が近くなると、果たして彼女は日本人離れした容貌をしていた。

 後ろでスッキリ纏められた艶やかな亜麻色の髪、少し釣り上がった薄茶色の瞳に、スッと通った鼻筋。白い肌にスラリと長い手足……。


「社長、センター長、出迎えありがとうございます。彼女はアメリカ営業所から引き抜いてきた、俺の秘書のヨーコです。アメリカ人と日本人のハーフで日本語も堪能です。ヨーコ、こちらは白石工業社長の村上さんと、研究開発センター長の透、俺の兄さんだ」

「ヨーコ・ホワイトと申しマス。よろしくお願い致しマス」

 ゆっくりと頭を下げた仕草は日本人のする丁寧なお辞儀のそれで、上げた顔に浮かんだ笑顔は西洋の大輪の花を思わせる華やかさで……。

ーー東洋と西洋の文化を融合させた、高貴な芸術品みたいだな……。

 それが第一印象。

「村上シャチョー、ヒナコさんからお噂を伺ってイマス。彼女のお父上の時代から優しくて頼りになる方だったと。亡くなった前シャチョーも喜んでいらっしゃいマスネ」

 その言葉を聞いて、村上社長が涙ぐんだ。

「センター長はセンムのお兄様なのデスカ、ナルホド、顔立ちが似てらっしゃいますネ。センムよりも優しいお顔デス……あっ、ネクタイが歪んでいますヨ。身嗜みの乱れは心の乱れデスからネ!」

 自然に手が伸びてきて、ネクタイをクイッと直された。

「ハイッ、これで大丈夫デス!」

 ニッコリと微笑まれて、一瞬ボ~ッとなって……紅いルージュに彩られた唇に見惚れた。

ーープックリと柔らかそうな唇をしているな……。

 本社専務の視察の場でそんな所ばかり見ていたなんて知ったら、君は軽蔑するだろうか。
 だけどきっとこの瞬間に、既に恋に落ちていたんだと思う。


「ヨーコ、俺より兄さんの方が優しい顔って、俺は悪人づらって事なのかよ」

「う~ん、お兄様はフンワリ柔らかくて性格の良さが滲み出てイマス。センムはそれに精悍せいかんさが加わって、キリッとした感じデスネ。何デスカ、妬いてるのデスカ? ヒナコに言いつけマスヨ!」

「妬いてね~わ!」

「ハハハッ、専務、雛子さんのような素晴らしい婚約者がいながら、秘書と浮気はいけませんな。亡くなった先代社長の手前、私は雛子さん派ですから……」

「村上社長、悪乗りしないで下さいよ! 俺が雛子一筋だって知ってるじゃないですか」

「村上シャチョー、私もヒナコが大好きなのデス!ヒナコ派デス! 気が合いますネ!」


 楽しそうに盛り上がる3人を見て、少し羨ましくなったのは誰にも内緒だ。
 自分は社交的な朝哉と違って、こういうノリに上手く入っていけないのだ。


「それではセンム、お仕事デスヨ。午後3時から本社で広報部部長との打ち合わせがありマスのでネ」


 1時間の視察を終えて、2人は車に戻って行った。

 ヨーコは車に乗り込む直前で立ち止まり、透をジッと見た。

ーーえっ、なんだ?!

「センター長、ネクタイの幅はもう少し太い方が良いデスヨ。ジャケットのラペル幅に合っていません。色はピンクも悪くないデスガ、幼く見えるので、ネイビーブルーやシルバーグレーなんかがキリッとして似合うと思いますヨ。差し出がましい事を言ってゴメンナサイネ」

 窓から顔を出した朝哉に、「兄さん、ヨーコはセンスがいいからアドバイスを聞いておいた方がいいぜ」なんて言われたけれど、アイツの顔なんか見ちゃいなかった。

「あ……ありがとうございます!」

 バタンと閉まるドア、走り出す車。

「ヨーコさん、ありがとう!」

 既に敷地から出て行こうとしている車では、もうこの声は聞こえていなかったに違いないけれど……。


 あの日見た彼女の姿は、その後も色褪せることなく鮮明に焼き付いて、心を捉えて離さなかったんだ……。

 恋に堕ちるには、瞬きする一瞬あれば、十分だ。
しおりを挟む
感想 166

あなたにおすすめの小説

もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~

泉南佳那
恋愛
 イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!  どうぞお楽しみいただけますように。 〈あらすじ〉  加藤優紀は、現在、25歳の書店員。  東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。  彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。  短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。  そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。  人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。  一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。  玲伊は優紀より4歳年上の29歳。  優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。  店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。    子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。  その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。  そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。  優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。  そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。 「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。  優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。  はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。  そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。  玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。  そんな切ない気持ちを抱えていた。  プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。  書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。  突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。  残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……

一目惚れ婚~美人すぎる御曹司に溺愛されてます~

椿蛍
恋愛
念願のデザイナーとして働き始めた私に、『家のためにお見合いしろ』と言い出した父と継母。 断りたかったけれど、病弱な妹を守るため、好きでもない相手と結婚することになってしまった……。 夢だったデザイナーの仕事を諦められない私――そんな私の前に現れたのは、有名な美女モデル、【リセ】だった。 パリで出会ったその美人モデル。 女性だと思っていたら――まさかの男!? 酔った勢いで一夜を共にしてしまう……。 けれど、彼の本当の姿はモデルではなく―― (モデル)御曹司×駆け出しデザイナー 【サクセスシンデレラストーリー!】 清中琉永(きよなかるな)新人デザイナー 麻王理世(あさおりせ)麻王グループ御曹司(モデル) 初出2021.11.26 改稿2023.10

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「お前、頬を叩いた詫びに婚約者になれ」 上司で社長の彪夏と秘書の清子はお似合いのふたりだと社内でも評判。 御曹司でイケメンの彪夏は女子の憧れの的。 清子はどこぞのご令嬢と噂され、男女問わず視線を集めていた。 ……しかし。 清子には誰もが知らない、秘密があったのです――。 それは。 大家族のド貧乏! 上は高校生、下は生まれたばかりの五人弟妹。 おっとりして頼りにならない義母。 そして父は常に行方不明。 そんな家族を支えるべく、奮闘している清子ですが。 とうとう、彪夏に貧乏がバレたまではよかったけれど。 子持ちと間違われてついひっぱたいてしまい、償いに婚約者のフリをする羽目に。 しかも貧乏バラすと言われたら断れない。 どうなる、清子!? 河守清子 かわもりさやこ 25歳 LCCチェリーエアライン 社長付秘書 清楚なお嬢様風な見た目 会社でもそんな感じで振る舞っている 努力家で頑張り屋 自分がしっかりしないといけないと常に気を張っている 甘えベタ × 御子神彪夏 みこがみひゅうが 33歳 LCCチェリーエアライン 社長 日本二大航空会社桜花航空社長の息子 軽くパーマをかけた掻き上げビジネスショート 黒メタルツーポイント眼鏡 細身のイケメン 物腰が柔らかく好青年 実際は俺様 気に入った人間はとにかくかまい倒す 清子はいつまで、貧乏を隠し通せるのか!? ※河守家※ 父 祥平 放浪の画家。ほぼ家にいない 母 真由 のんびり屋 長男 健太(高一・16歳)服作りが趣味 次男 巧(高一・15歳)弁護士になるのが目標 三男 真(小五・10歳)サッカー少年 四男 望(保育園年中・5歳)飛行機大好き 次女 美妃(保育園児・五ヶ月)未知数

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...