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第2章 再会編
44、俺の話を聞いてくれる?
しおりを挟むそれは、今までのそれとはまるで違う、熱くて激しい口づけだった。
ーーんっ……。
頭を後ろから抱きかかえられ、唇を強く押し付けられると、身体の奥からゾクリと震えがきて、全身の力が抜けた。
息をすることも忘れて恍惚としていると、そのまま2人一緒にトサッとソファーに倒れ込む。
ーーたっくん……。
ギュッと固く瞼を閉じていたら、不意にフッと体が軽くなり、たっくんが私を抱く力を緩めたのだと分かる。
薄っすら目を開けてみたら、そこには苦しそうに私を見下ろす顔があった。
「……たっくん? 」
たっくんは私と目が合うと、クシャッと顔を歪めて泣きそうな顔になった。
私をもう一度ギュウっとキツく抱きしめてから体を離すと、クルリと背を向けガラステーブルに両腕をついた。
「ごめん……小夏…… 」
「どうして謝るの? 」
体を起こしながらそう聞いたら、たっくんはテーブルに突っ伏して肩を震わせた。
「ハハッ……朝美の言う通りだな ……俺にはお前を抱くことなんて出来ないんだ…… 」
「たっくん…… 」
「お前は ……何も知らなくていいんだよ。好き好んでこっち側になんか来る必要ないんだ。 ……頼むから、お前だけはずっと綺麗なままでいてくれよ…… 」
たっくんが泣いていた。
何故だか分からないけど悲しくなって、気付いたら私もたっくんの背中に抱きついて泣いていた。
胸がザラザラする。
朝美さんからぶつけられた言葉の数々は、確実に私たちを傷つけた。
それは決して致命傷なんかでは無い。
身体の繋がりなんか無くたって、私たちがお互いを想う気持ちは変わらない。
だけど朝美さんの言葉は、紙ヤスリのように私たちの心をザラリと一撫でしていった。
それはまさしく呪いの呪文のように、いつまでもジワジワと血を滲ませ、心を蝕んでいく。
だけど……
私は呪いなんかに負けたくない。
「たっくん ……私はそっち側に行きたいよ」
たっくんの背中がビクッと跳ねた。
「たっくん、私はもう、たっくんと出会う前の私には戻れないんだよ。たっくんの事を想うと、嬉しくて苦しくて、切なくなるんだよ。心の中が嫉妬でドロドロになるんだよ。恋は綺麗事じゃないって知ったんだよ。私は…… 汚れるのも苦しむのも、全部たっくんと一緒がいいよ」
「小夏っ、俺は! 」
バッと顔を上げて振り向いたその瞳は、涙で濡れた睫毛の下で、キラキラしていた。
私が視線をそらさずじっと見つめると、たっくんは自虐的に唇を歪め、ゆっくり口を動かした。
「小夏……すっごい怖い話をしてやろうか? 」
「……怖い? 」
急に話の流れが変わって戸惑う私に、たっくんは右の口角を上げる。
「うん、怖い話 ……いや、お前がドン引きする話かな」
「 ……。」
「俺さ、初めて朝美と寝た時に、お前の顔を思い浮かべながらヤった」
「……えっ? 」
たっくんは言葉を失った私の反応を見ると、『やっぱりな』とでも言うように睫毛を伏せて、それからフッと鼻で笑った。
「俺、アイツとヤってる最中も、イク瞬間も……他のどんな女を抱いてる時だって、ずっとお前を抱いてるつもりでいたんだよ。 いつもお前の裸や喘ぎ声を想像してたんだよ、毎回、毎回」
「…… 。 」
「ハハッ……何が『綺麗なままでいてくれ』だよな……お前が汚いって言ってたその行為を、俺はお前相手に……俺は心の中で、とっくにお前を汚しまくってたんだよ! 」
たっくんがガラステーブルを両方の握りこぶしでダンッ! と叩くと、ピシッという音がして、表面に一本ひびが入った。
「……軽蔑した? ……俺のこと……嫌いになった? 」
私は再びたっくんの背中に抱きつき、前に回した腕に力を込めた。
私の気持ちがちゃんと伝わるように……。
「たっくん、私はそんなことで穢れたりしないよ ……。ただ、私は知りたいの。そんなにも私を想っていてくれたのに、どうして何人もの女とそういうコトをしたの? どうして朝美さんと寝て、離れたの? 穂華さんは……どこにいるの? 」
穂華さんの名前を出した途端、たっくんの背中がビクッと震えた。
「たっくん……私にたっくんの……空白の6年間を全部下さい」
たっくんは固まって……ゆっくり振り返って、私をそっと抱きしめた。
羽毛でそっと包み込むような、触れるか触れないかというくらいの、 優しい抱擁。
「俺にこうして触られるの……嫌じゃない? 気持ち悪くない? 」
「全然……気持ちいい。たっくんに触れられると、そこからシアワセな気持ちが身体中に広がるの」
「そうか…… 」
たっくんは身体を離すと私の両肩を掴み、正面からじっと目を見つめた。
「小夏……ちょっと長くなるけれど……俺の話を聞いてくれる? 」
美しい青い瞳の中に、コクリと頷く私が映り込んでいた。
*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・*:.。..。 .。.:*・゜゚・*
『再会編』終了です。
次話から『過去編 side拓巳』に突入し、小夏の知らなかった空白の6年間を拓巳が語ります。
こちらもかなり辛い内容になりますが、今の拓巳に至るまでに何が起こっていたのかを追いかけながらお付き合いいただければ幸いです。
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