仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

48、ボストンにて(3) / 恋人

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 ゆっくり近況報告を聞きながら桜子お手製の食事を堪能すると、時刻は午後2時近くになっていた。日本時間だと夜中の3時頃だ。
 機内でゆっくり休んできたとはいえ、流石に疲れが出て頭もフワフワする。だけどここで寝てしまったら時差ぼけが直らない。

 せっかくの1週間。たったの1週間しか無い貴重な時間を寝て過ごすような勿体ないことはしたくない。絶対に。

「よしっ、食器を片付けたら出掛けようぜ」

 俺が2人分の食器をまとめてシンクに運ぼうとすると、桜子が「私が洗うよ。お兄ちゃんはお客様なんだから休んでて」とその手を引き留めた。

「だったら一緒に洗おうぜ」
「えっ、本当にいいのに」

 桜子の言葉を無視して食器を運び、スポンジに洗剤をつけて洗い始める。

「こっちの食器洗い機は大き過ぎて雑だから、日本のお茶碗とか箸は手洗いにしてるの。1人分だから貯めておくのも嫌だし、結局は殆ど毎日手洗い」

 苦笑しながらそう言って、俺が洗った食器を拭いて片付けて行く。

「やっぱり2人で食事っていいね。お兄ちゃんと向かい合って食べてたら、『ああ、やっぱりコレがいつもの慣れ親しんだ食卓だな』って、ウルッて来ちゃった。……お兄ちゃん、来てくれて本当に嬉しい。ありがとうね」

ーーそんなの俺だって……。

 ポタッ……と水滴が目の前のシンクに落ちた。

ーーあれっ?

 あっ、ヤバい。俺、もしかしたら泣いてるんじゃないのか。駄目だろう、何やってんだ。

 俺は腕まくりした袖でグイッと目元を拭うと、

てっ! 洗剤の泡が目に入った!めちゃくちゃ痛てぇ!」

 大袈裟に声を上げて顔をしかめて見せる。

「あ~あ~!だから私が洗うって言ったのに!もう終わりだからお兄ちゃんは目を洗っておいでよ」

「サンキュー、そうするよ」

 洗面台でバシャバシャ顔を洗って鏡を見る。
 痩せこけて艶のない肌。
 俺は両手で顔を挟みこんでパシッ!と頬を叩くと、呪文のように言葉を唱える。

「大丈夫……俺はまだ、生きている……」


 
 ボストン初日の今日は、俺の体調を気遣ってか近所の散策とお気に入りのグロッサリーストアでの買い物のみという計画になっているらしい。

「一応オススメのレストランもあるんだけど予約は入れてないから、お兄ちゃんの時差ぼけの調子を見て、家で食べるかどうか決めようよ」

 さすが俺の桜子、そんなところまで配慮してくれているのか。

 2人でアパートの周囲をのんびり歩き、道端に溜まった枯葉の山の大きさに驚き、あちこちでチョロチョロと走り回っているリスの写真を撮った。
 冷んやりした空気が、眠気に負けそうな脳を醒ましてくれて丁度いい。

「リスが可愛いなぁ~。この写真を冬馬に送ってやろっと」

 スマホを操作しながら、ふと桜子の前で冬馬の名前を出してしまった事に気付いて指が止まる。
 いや、冬馬は俺の親友だし同僚だし、桜子だって知り合いなんだから会話に名前が出るのは自然なことだ。だけど……。

「……冬馬さんは元気?」

ーーほら、やっぱり。

「うん、元気にしてるよ。あいつのお陰で事務所も随分助かってる」
「……そう」

「そう言えば、俺を見送りに来てくれた時に、桜子ちゃんにもよろしくって言ってたよ」
「本当に?」

 ちょっと表情を綻ばせたのを見て胸がモヤッとする。

「……まあ、俺がいない間も水口さんと2人でしっかり事務所を回してくれてるだろうから心配ないよ」

 ちょっと意地が悪かったかな……と思いながら横顔を覗き見ると、案の定睫毛が伏せられて憂いのある表情に変わっていた。

ーーあ~あ、分かりやすいな……コイツもアイツも。

 ごめんな、桜子。
 だけど俺は、今だけでもお前に俺のことだけを見ていて欲しいんだよ。
 他の誰のこともその瞳に映さず、頭の中を俺のことだけで一杯にしていて欲しいんだ。

 我が儘な兄ちゃんでごめんな。
 だけど、ほんの1週間……この1週間だけは、桜子を俺だけのものにさせてくれよ。お願いだから他のヤツの事なんて考えないで……。


「なあ、桜子」
「ん、なあに?」

「もう一度……恋人ごっこをしようか」
「えっ?」

「桜子が日本を発つ前に恋人設定でデートしただろ? またアレをやりたいな……」
「えっ、名前で呼び合うやつ?」

 だけど桜子は、特に悩む様子も迷いもなくサラッと答えた。

「うん、いいよ。だけどそれだと、私が案内するって言うより甘えちゃう設定になっちゃわない?」

「いいんだよ……。恋人同士のボストン観光設定。いいだろう? 彼氏の大志さんに思いっきり甘えろよ」

「そっか……今回はスポンサー様が一緒だから贅沢が出来るんだ」
「ハハッ、そういうこと」

「オッケー、それじゃ大志、スーパーで買い物しようよ。いつも我慢してた、ちょっとお高めのオリーブオイルを買ってもいい?」
「オッケー、ほら、掴まれよ」

 俺が差し出した腕に桜子が腕を絡めてピッタリと寄り添う。

「2人でいるとあったかいね」
「……そうだな」

 1週間だけの恋人設定。
 1週間だけは俺の恋人……。

 うん、楽しみだ。
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