仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

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61、入院と毛糸の帽子

　
クリスマスも近付いた12月の第3週、風邪を引いて病院に入院した。
　幸い肺炎には至らなかったけれど、薬の影響で白血球が減って来ているから、ちょっとした風邪でも高熱が出て体調を崩してしまう。

　熱が治まるまでは化学療法も一時休止だ。
　くそっ！抗がん剤を中断したら俺の癌細胞を調子付かせてしまうじゃないか！なんで風邪なんか引いてるんだよ！俺の馬鹿ヤロウ！


　失意の日々の中でも、たまにはご褒美がある。
　桜子からのクリスマスプレゼントが届いた。

「はい、郵便物。それと宅配便も受け取って来たぞ」
「おお、サンキュー」

　入院中は冬馬がたまにアパートの様子を見に行ってくれていた。俺がそんな必要は無いと言っているのに、消灯時間までに仕事が終わった日は、必ず病院に寄ってくれている。

　俺が食欲が無いのを知っているから、差し入れは持って来ない。代わりに事務所の状況や裁判の内容などを事細かく報告してくれた。

「桜子にさ、毛糸の帽子を頼んだんだ」

　宅配便の袋をガサゴソ開けながらそう言うと、冬馬はほんの少しだけ寂しげな表情になったけれど、それはほんの一瞬のことで、すぐに笑顔を作って、「それは良かったな」と目を細めた。

「おっ、いいじゃないか。大志、被ってみろよ」
「ああ」

　バーガンディカラーの毛糸の帽子は、軽くて柔らかくて、俺の頭にいい感じにフィットした。

「大志、似合うぞ。暖かそうでいいじゃないか」

「残念！コレがもうちょい早く届いてたら風邪なんか引かなかったのに」

「これでもう風邪は引かないだろ？退院したらそれを被って通院すればいいさ」

　本気で俺のことを考えてくれている冬馬を見ていたら、ちょっとだけ罪悪感を感じてしまった。

　今年のプレゼント交換は俺と桜子だけで、冬馬は何もしていない。
　俺の桜子への気持ちを知っているうえに俺がこんな状況だから、自分からは桜子にプレゼントを贈りたいと言えなかったんだろう。
　
　桜子の方も、日本で会っているならまだしも、自分の家族でもない、ましてや水口さんという彼女がいると思っている冬馬にアメリカからわざわざプレゼントを贈る勇気は無い。

　宅配便の袋には俺宛ての手紙と帽子だけ。
　そのことに優越感を感じながらも、『お前も桜子に何か贈るか？』と声を掛けてやらなかった自分の意地の悪さが情けなく、後ろめたかった。

「冬馬……ごめんな」
「えっ？ 俺はお前と話したくて、好きでここに来てるんだぜ。なんで謝るんだよ」

ーーその事を謝ったんじゃないんだけどな。

「そう言えばさ、お前が買って来てくれた替えの下着、アレなんだよ！ナースに笑われたぞ」
「なんだよ、可愛かっただろ」

「股間でクマのイラストがガオーって口開けてるって、お前フザけ過ぎ！しかも赤青黄の3色って、どの色を選んでも笑いもんだよ。今朝若いナースに『それって勝負下着ですか？』って聞かれたんだぞ！」

「ハハハッ、それで今日のは何色なんだ」
「赤だよっ！明日は黄色にする予定だよ！」

「ハハハッ、青にしとけよ」
「どっちでもいいっつうの！」

　
　その後、桜子に御礼の電話をかけた俺は、冬馬にも「ほらっ」とスマホを差し出して、桜子と喋らせてやった。
　冬馬は頬を緩めて凄く優しい表情で桜子の名を呼び、『元気？』とか『勉強頑張ってる？』とか当たり障りのない会話を少し交わしただけで、すぐに俺に変わった。

　図々しいヤツなら『俺にもプレゼント欲しいな』くらいのことは軽く言えるんだろうけど、コイツの性格じゃ無理だよな。
　だけどごめんな、俺は優しくないから、お前が桜子から贈り物をされるのは嫌なんだ。
　今の電話でギリ許容範囲内だ。心が狭くてマジでごめん。


　その後3日程で熱が治まって、その翌週から化学療法が再開された。
　念のため入院したまま治療を受けたけれど、久々だったせいか目眩と吐き気がして最悪だった。
　だけど桜子から貰った帽子を握り締めていれば、どうにか耐えることが出来た。


　俺は帽子を被って冬馬に写真を撮ってもらうと、元気な頃の写真と合成して桜子に送信した。
　桜子からは『似合ってるよ。ハンサムに磨きがかかったね！』と返事が来た。
　現在の合成技術、バンザイ！……だ。