仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

71、毎日がご褒美

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「もう先生に付き添い許可をもらってきたから」

 キャリーバッグを片手に病室に舞い戻って来た桜子は、驚く俺を尻目にその日から病院での寝泊まりを始めた。

 ドアの前で朝の配膳を受け取ると、自分は床頭台しょうとうだいから引き出した小さなスライドテーブルで付き添い食を食べる。

 朝の検温や点滴が終わると車椅子で院内の散歩に連れ出してくれたり、部屋で一緒にテレビを見たりお喋りをして過ごした。
 俺がウトウトしている間に近所のコンビニに買い物に出掛けたり、アパートに戻って入浴を済ませたりしていたけれど、基本的には殆ど病院から離れない生活。
 ストレスを感じないわけが無いのに、一度の愚痴も溢さず、それが当然であるかのようにそこにいてくれた。


 その頃の桜子は、バーガンディカラーの毛糸の帽子をいくつも編んでいた。
 退屈な病院生活での暇つぶしでもあったんだろうけど、この場合は『願掛け』の意味合いも含んでいたんじゃないかと思う。

「また帽子を編んでるの?」
「今のが駄目になったらすぐに新しいのが必要でしょ?」

「あまりこんを詰めるなよ。お前の方が倒れたら意味がないんだからな」
「うん、好きでやってるから大丈夫」

 そんなにいくつも必要ないのに、俺がそう言うのも耳に入らないみたいにひたすら編み棒を動かし続ける。祈りを込めるみたいに、念を送るみたいに。

 それを辞めたら俺の心臓も止まってしまうとでも思っていたのかも知れない。
 いや、
「髪が生えてきたら必要なくなっちゃうかな。でも寒い季節になったらまた使えるよね」

 なんて夢みたいなことを言っていたから、そう思い込みたくて必死だったのかも知れないな。

 悲しい想いをさせちゃってごめんな。
 不甲斐ない兄貴でごめんよ。


 桜子の編み物中には沢山の話をした。
 桜子が手元を見ているから、お互いの目を見なくて言い分、普段言えないことも口にしやすかったから。

「ボストンに来た時は……もう病気になってたの?」
「……うん、ごめん。病気のことを忘れて桜子と楽しい時間を過ごしたかったんだ」

「……私と……楽しく過ごせた? 」
「過ごせたよ」

「嘘だ……だってお兄ちゃん、食欲が無かった」
「あれは本当に時差ボケのせいだったんだって」

「身体がキツいのに無理して私に付き合って……私は何も気付かずにお兄ちゃんをあちこち連れ出して……馬鹿みたい」

「めちゃくちゃ楽しかったって。あの時間があったから、俺はその後の闘病生活も耐えられたんだぜ。桜子のお陰だよ」

 そんな会話をする時は、桜子は絶対に顔を上げない。手元だけですいすい編み上げられるくせに、憑かれたように指を動かし編み目を追い続ける。
 途中で顔を上げたらアイツも俺も泣き出してしまって先が話せなかっただろうから、桜子に編み物があって良かった。

 そんな風にあの病室で過ごしたのは短い間だけだったけれど、あそこで語り合った時間や思い出はとても貴重で大切な宝物だ。
 あの毎日毎日が俺へのご褒美だったんだな……って、今でも思っている。

 

 腹膜播種ふくまくはしゅの症状が表に強く出始めた。
 癌細胞が胃の壁を通り抜けて広範囲に広がってしまうことで、腹水がたまり内臓が圧迫されて呼吸が苦しくなる。骨転位も見られ、身体の節々にも痛みが生じるようになってきた。

 その頃から、桜子は急に立ち上がると、「ちょっと出て来る」と言って病室から出て行くことが増えていた。
「出てくる」は「泣いてくる」だ。
 苦しむ俺の前で泣いてはいけないと思っていたんだろうけど、それは俺にとってもありがたかった。
 苦しんでいる姿はなるべく見せたくなかったし、桜子がいない間に俺も泣くことが出来たから。

ーー流石にこれは……うん、もうアレだな。

 俺がずっと点滴に繋がれ、いろんな薬物を注入されながらも日に日に弱っていく姿を間近で見ているだけでも辛いだろうに、こんな狭い病室で閉じ込められたままでは桜子のストレスも限界だろう。

 俺は以前から調べてあって見学にも行ったことがある、ホスピス緩和ケア病棟に転院することを決めた。
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