98 / 177
<< 妹と親友への遺言 >> side 大志
73、ホスピス
しおりを挟む清瀬市にあるそのホスピスは、宗教法人が経営するキリスト教系の施設で、主に末期癌の患者向けに建てられた『緩和ケア病棟』が充実していることで有名なところだった。
家族との同室が可能な病室だけでなく、施設内に設けられた畳敷きの『家族部屋』にも遠方から足を運んでくる家族を泊まらせる事が出来る。
そこにあるキッチンで料理をして患者に家庭の味を味わわせてあげることも可能だ。
窓からは木々に囲まれた緑あふれる中庭が見渡せて、希望すれば併設された教会から牧師が来て話も聞いてくれるという。
桜咲く4月のあたま、俺は桜子を伴いこの緩和ケア病棟へと移って来た。
俺が介護タクシーで桜子と共に到着すると、冬馬は既に到着していて、俺たちの荷物をテキパキと病室に運び込んでくれた。
部屋はバストイレ付きで、広くて清潔感に溢れていた。桜子用の補助ベッドもある。
ここなら桜子に窮屈な思いをさせなくて済みそうだ。
桜子が窓を開けると、満開の桜の木から花びらがはらはらと舞い落ちているのが見えた。
「綺麗だな……」
ポツリと呟いたら、「本当に綺麗……」笑顔で桜子が振り向いた。窓から射し込む日差しで顔半分がキラキラ光っている。
ーーうん、本当に綺麗だよ。
この笑顔をあと何回見られるのかな……そう思ったら胸にいろんな感情が溢れかえって苦しくなったけれど、これからは数字や治療結果に一喜一憂することもない。
残された日々を桜子と安らかに過ごす事が出来るのだと思うと、ほっとする気持ちもあった。
ーーここが俺の最期を迎える場所……うん、悪くない。
ホスピスでの生活は、想像以上に穏やかなものだった。
食欲がどんどん落ちて行く代わりに持続で高カロリーの栄養輸液が行われ、痛み止めも投与される。
基本的には身体に現れる様々な症状を和らげるための『対症療法』だけだから、薬の副作用と言えば、何かと眠くなって仕方ないくらいだ。
まあ、それは薬のせいだけではなかったのかもな。
身体が早く楽になりたいと、脳味噌に信号を送っていたんだろう。
その頃になると痛みの頻度も強さもかなり増していたから。
都心から車で1時間弱かかるこの場所にも、冬馬はマメに足を運んでくれた。
「忙しいのにこんな所に来てるなよ」
俺がそう言うと、アイツはいつものセリフ、
「俺がお前に会いたくて来てるんだよ。それにこんな所だなんて言うな。清潔で、中庭の緑が見渡せて……いい所じゃないか」
そう言って窓の外を眺める。
もう桜の花は散ってしまったけれど、夏に向かってグングンと緑の葉を茂らせている木々を見ていると、その生命力が羨ましいと思った。
ーー俺はここで夏の日差しを眩しがることが出来るのだろうか……。
いや、それはさすがに無理か。
「何か欲しいものはあるか? 必要なものがあれば今度持ってくるけど」
「いや、俺は特には。桜子が洗濯から戻って来たら、毛糸の追加が必要か聞いてやってくれ……」
そこまで言ったところで、ふと閃いた。
「そうだな……冬馬、悪いけど便箋と封筒を大量に買って来てくれないか? 」
手紙を書こう……そう思った。
まだ指が動くうちに、字が書けるうちに。
脳味噌が働いていて、俺の記憶がハッキリしているうちに……俺の言葉で、みんなへの想いを、御礼の言葉を遺しておこう。
天馬は俺の意図をすぐに悟ってくれたんだろう。次の日には真っ白い縦書きの便箋と封筒、そして軽くて書きやすい細字のペンも一緒に買って届けてくれた。
「ありがとうな、助かるよ」
ニッコリ笑って受け取った俺に、冬馬は複雑な表情をしながら言った。
「桜子ちゃんに想いを綴るのはいいけど、俺には『別れの手紙』とか絶対に書くなよ」
「……なんでだよ」
「そんなのを書き終わったら……それでお前が満足してポックリ逝きそうな気がする。そんなの俺は嫌だ」
ーーくっそ~、そんな嬉しいことを言ってくれるなよ。
俺が男だったら絶対にコイツに惚れてるな。いや、男惚れしてるけどさ。
「お前には……大学で首席の座を奪われたところから、恨み辛みを書き連ねてやる」
「それこそいらねぇよ」
顔を見合わせて笑い合って……。
こんな穏やかな時間を持てる喜びを噛み締める。
やっぱりここに来て良かったな。
冬馬には今までの感謝を込めて、長い長い手紙を遺してやろう……と思った。
それを見て大泣きして、桜子の前で鼻水を垂らして幻滅されるがいいさ。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にエタニティの小説・漫画・アニメを1話以上レンタルしている
と、エタニティのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。