仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

73、ホスピス

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 清瀬市にあるそのホスピスは、宗教法人が経営するキリスト教系の施設で、主に末期癌の患者向けに建てられた『緩和ケア病棟』が充実していることで有名なところだった。

 家族との同室が可能な病室だけでなく、施設内に設けられた畳敷きの『家族部屋』にも遠方から足を運んでくる家族を泊まらせる事が出来る。
 そこにあるキッチンで料理をして患者に家庭の味を味わわせてあげることも可能だ。
 窓からは木々に囲まれた緑あふれる中庭が見渡せて、希望すれば併設された教会から牧師が来て話も聞いてくれるという。


 桜咲く4月のあたま、俺は桜子を伴いこの緩和ケア病棟へと移って来た。
 俺が介護タクシーで桜子と共に到着すると、冬馬は既に到着していて、俺たちの荷物をテキパキと病室に運び込んでくれた。

 部屋はバストイレ付きで、広くて清潔感に溢れていた。桜子用の補助ベッドもある。
 ここなら桜子に窮屈な思いをさせなくて済みそうだ。

 桜子が窓を開けると、満開の桜の木から花びらがはらはらと舞い落ちているのが見えた。

「綺麗だな……」

 ポツリと呟いたら、「本当に綺麗……」笑顔で桜子が振り向いた。窓から射し込む日差しで顔半分がキラキラ光っている。

ーーうん、本当に綺麗だよ。

 この笑顔をあと何回見られるのかな……そう思ったら胸にいろんな感情が溢れかえって苦しくなったけれど、これからは数字や治療結果に一喜一憂することもない。
 残された日々を桜子と安らかに過ごす事が出来るのだと思うと、ほっとする気持ちもあった。

ーーここが俺の最期を迎える場所……うん、悪くない。


 ホスピスでの生活は、想像以上に穏やかなものだった。
 
 食欲がどんどん落ちて行く代わりに持続で高カロリーの栄養輸液が行われ、痛み止めも投与される。
 基本的には身体に現れる様々な症状を和らげるための『対症療法』だけだから、薬の副作用と言えば、何かと眠くなって仕方ないくらいだ。
 まあ、それは薬のせいだけではなかったのかもな。
 身体が早く楽になりたいと、脳味噌に信号を送っていたんだろう。
 その頃になると痛みの頻度も強さもかなり増していたから。


 都心から車で1時間弱かかるこの場所にも、冬馬はマメに足を運んでくれた。

「忙しいのにこんな所に来てるなよ」

 俺がそう言うと、アイツはいつものセリフ、

「俺がお前に会いたくて来てるんだよ。それにこんな所だなんて言うな。清潔で、中庭の緑が見渡せて……いい所じゃないか」

 そう言って窓の外を眺める。

 もう桜の花は散ってしまったけれど、夏に向かってグングンと緑の葉を茂らせている木々を見ていると、その生命力が羨ましいと思った。

ーー俺はここで夏の日差しを眩しがることが出来るのだろうか……。

 いや、それはさすがに無理か。

「何か欲しいものはあるか? 必要なものがあれば今度持ってくるけど」
「いや、俺は特には。桜子が洗濯から戻って来たら、毛糸の追加が必要か聞いてやってくれ……」

 そこまで言ったところで、ふと閃いた。

「そうだな……冬馬、悪いけど便箋と封筒を大量に買って来てくれないか? 」

 手紙を書こう……そう思った。
 
 まだ指が動くうちに、字が書けるうちに。
 脳味噌が働いていて、俺の記憶がハッキリしているうちに……俺の言葉で、みんなへの想いを、御礼の言葉を遺しておこう。

 天馬は俺の意図をすぐに悟ってくれたんだろう。次の日には真っ白い縦書きの便箋と封筒、そして軽くて書きやすい細字のペンも一緒に買って届けてくれた。

「ありがとうな、助かるよ」

 ニッコリ笑って受け取った俺に、冬馬は複雑な表情をしながら言った。

「桜子ちゃんに想いを綴るのはいいけど、俺には『別れの手紙』とか絶対に書くなよ」
「……なんでだよ」

「そんなのを書き終わったら……それでお前が満足してポックリ逝きそうな気がする。そんなの俺は嫌だ」

ーーくっそ~、そんな嬉しいことを言ってくれるなよ。

 俺が男だったら絶対にコイツに惚れてるな。いや、男惚れしてるけどさ。

「お前には……大学で首席の座を奪われたところから、恨み辛みを書き連ねてやる」
「それこそいらねぇよ」

 顔を見合わせて笑い合って……。
 こんな穏やかな時間を持てる喜びを噛み締める。
 やっぱりここに来て良かったな。

 冬馬には今までの感謝を込めて、長い長い手紙を遺してやろう……と思った。
 それを見て大泣きして、桜子の前で鼻水を垂らして幻滅されるがいいさ。
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