仮初めの花嫁 義理で娶られた妻は夫に溺愛されてます!?

田沢みん

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<< 外伝 水口麻耶への手紙 >>

25、秘密の露呈 (2)

 
 お茶の入った湯呑みをトレイから下ろすと、日野先生のデスクを囲んで英語談議が始まる。

「それにしても……今回みたいなケースを見ると、英語力が必要だってしみじみ思うわ」

「水口さんだってTOEIC800点を超えてますよね?」

「ああ、駄目だめ、テスト前に必死で詰め込んだ知識なんて、普段から使わなきゃ抜け落ちちゃうもの。海外で、英語を使わなきゃいけない環境に自分を置くことって大きいと思う」

「そうですね……真剣に学ぼうと思ったら、コミュニティーカレッジじゃなくてちゃんと4大に入学してバッチリ学んだ方がいいんでしょうけど……でも、たった1年間でも、ボストンでの生活は貴重な経験になりました。そのチャンスを与えてくれた兄には本当に感謝しています」

 そこから八神先生の思い出話に華が咲き、桜子さんがボストンにいる間も彼がどれだけ彼女のことを想っていたか、どんなに嬉しそうに語っていたかを伝える。
 嬉しそうに微笑む桜子さんの瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。


 八神先生の死は私たち全員にとって、とても悲しく辛いものだった。
 だけど今はこうして笑顔で彼のことを語り合えている。
 楽しかった思い出を共有し、少しずつ前に進めている。

ーー私も漸く……この事務所の『ただの職員』ではなく『仲間』になれたのよね……。

 それが嬉しくて、浮かれていて……私は油断していたんだろう。


「あ~あ、それにしても、私も本格的に勉強し直したいわ。子供がいなかったら今からでも留学したいんだけど……」

「あのっ、水口さん、子供って……」

 桜子さんの言葉で自分の失言に気付いた。
 
「水口さん!」

 ハッとして日野先生の方を見たその時には、彼の不自然に大きな声が事務所に響き渡っていた。

「水口さん……そろそろ仕事に戻ろうか。お茶を片付けたら、この書類のファイリングを頼みます」

 日野先生がガタンと立ち上がって書類を差し出してくる。
 その目は怒っているようにも焦っているようにも見えた。

「あっ、ごめんなさい……」

 動揺した私はそれ以外何も言えず、そそくさと湯呑みを回収して給湯室に逃げ込んだ。

 スライドドアをピシャリと閉めた途端、背中に冷たい汗が流れる。
 シンク脇に両手をついて、ゆっくり深呼吸をした。

ーー大失敗……桜子さんに気付かれた……。

 あの瞬間に大きく見開かれた彼女の瞳を思い出す。

ーー私には子供がいる……それを知って、彼女はどう思っただろう。

 さっきの事を聞き返されたらどう言おう。

『そうなの、実は子持ちなのよ。黙っていてごめんなさいね』

 それだけ言って終われるだろうか。

 福岡から帰った数日後に、給湯室で桜子さんに聞かれた事がある。

『あの……水口さんって、今、彼氏は……』
『ああ、ごめんなさいね。私、プライベートな話はあまりしたくないの』

 急な質問に焦って必要以上に素っ気なく答えてしまった私の物言いに、彼女はとても傷ついたようだった。
 そっと瞳を伏せて『すいませんでした』と小さく言って出て行く彼女に申し訳なくて胸が痛んだ。

ーー言ってしまいたい。

 そう思った。

 これは彼女のことなのに。
 彼女のためだと言いながら、私たちと八神先生の間で交わされた約束を知らない彼女だけがいつだって蚊帳の外。

 いくら誤魔化したって、そんなのは限界が来るに決まってる。

 自分だけが知らされない違和感に、彼女が気付かないわけがない。
 彼女が傷つかないわけがないのに……。

ーー八神先生、これが本当に桜子さんのためになるんでしょうか? これからどうすればいいんですか? 

「先生、教えて下さいよ……」


 気まずい思いで給湯室を出ると、日野先生も桜子さんも自分のデスクでそれぞれの仕事を始めていた。
 私もギシッと音をさせて席につき、書類をパラパラとめくった。

 桜子さんはパソコンを見つめたまま視線を上げず、さっきの言葉についても何一つ聞いては来なかった。

 その日の事務所は必要以上に静かでよそよそしく、時間が過ぎるのが異様に遅く感じた。



 そんな風に誤魔化し続ける状態は既に限界を迎えていたんだろう。
 私の漏らした言葉や日野先生との空気感。
 私たちの嘘はとっくに綻び始めていたんだと思う。

 帰国するリタさんを見送りに桜子さんが空港に、そして日野先生が家庭裁判所に行っていたあの日、1人で留守番をしていた私がそれを見つけてしまったのは、どうすればいいか分からなくなっていた私たちへの天の配剤だったのかも知れない。
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