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<< 特別番外編 >>
誕生日のおねだり (2)*
しおりを挟む玄関からカチャリと音がして、私はキッチンから廊下へと飛び出した。
「冬馬、お帰りなさい!」
両手を差し出していつものようにブリーフケースを預かろうとすると、彼はキョトンとして固まっている。
「冬馬……さん? 」
首を傾げながらもう一度名前を呼ぶと、彼はようやくハッとして、黒いカバンを差し出してきた。
「ああ、ごめん。今一瞬、呼び捨てされたかと思って」
「呼び捨てしちゃ駄目だった? 冬馬」
「……っ!」
途端に彼は頬を染め、革靴を脱ぎ捨てて私を抱き寄せる。
「駄目じゃない。全然駄目じゃないよ、むしろ……イイ」
耳元でバリトンボイスを響かせたかと思うと、私の顎を指先で掬い上げ、唇を重ねてきた。
すぐに舌が絡められ、口づけが深くなる。
ーー駄目、この流れだとこのまま……
腰に回った彼の手に力が入ったところで、私はそっと彼の胸を押す。
「まだ駄目よ。今日はまず、誕生日のお祝いをさせて欲しいの」
そう。今日、12月1日は冬馬さんの32歳のバースデイ。
私は一足先に事務所から帰って、誕生祝いの準備をしていたのだった。
私に促されてシャワーを浴びてきた冬馬さんは、ダイニングテーブルを見て目を見開く。
「凄いな……平日なのに、大変だっただろう」
そしてすぐに食卓に置かれた花に気づき、私に満面の笑みを向ける。
「これはあの日と同じ花……ガーベラだっけ? 君のおかげで覚えたよ」
そう。テーブルの真ん中にちょこんと鎮座しているボダムのロックグラスには、ピンクと白のガーベラを2輪挿してある。
あの日……私達の婚姻届が出されていなかったと知って大喧嘩をし、その後真実を告げられて、心を通わせた日にも飾っていた花。
律儀で優しい冬馬さんへの、愛と感謝を込めたプレゼントだ。
牛タンシチューは圧力鍋で煮込んであるし、キノコのマリネにイチジクの生ハム巻き、ゆで卵やツナを乗せたニース風サラダも、全部冬馬さんの好物ばかり。
今日は火曜日で平日だから手の込んだことは出来ないけれど、結婚して初めて迎える夫の誕生日。精一杯のお祝いをしたいと思う。
敬語をやめて名前を呼び捨てにするのもその一環。私が出来ること全部、彼のためにしてあげたいから。
ーー本当のプレゼントは別にあるのだけれど。
用意した料理を絶賛しながらペロリと平らげると、冬馬さんはスプーンをカチャリとスープ皿に置いて姿勢を正す。
「桜子、ご馳走様。全部美味しかったよ。それと、俺の誕生日を一緒に祝ってくれてありがとう。最高の誕生日だ」
その言葉を受けて私も姿勢を正し、心臓をドキドキさせながら、準備していた言葉を告げる。
「今朝も言ったけど、改めて。冬馬、誕生日おめでとう! 妻として一緒にお祝いできて嬉しいです。それと……プレゼントは…その…これから…デス」
語尾を徐々に小さくしながらも言い切ると、冬馬さんが片手で口を覆って黙り込む。
見ると耳まで真っ赤。私の言葉の意味を理解したのだろう。
「それは、その……俺のリクエストの?」
「はい。気に入ってもらえるか分からないけれど……既に、スタンバイしてあるの」
私が照れながらもコクリと頷くと、彼がガタッと勢いよく立ち上がり、テーブルを回り込んでくる。
「行こう」と手首を掴んで引っ張られた。
「えっ!? まだケーキが……」
「そんなの後でいい」
冷蔵庫の中にはお店で買ってきた苺のショートケーキが入っている。『32』の数字のロウソクも用意してあるけれど……
ーーでも冬馬さんが喜んでくれるのが一番だものね。
私は冷蔵庫の方をチラッと見遣りながら、寝室に向かってズンズン歩き出す冬馬さんに従ったのだった。
勢いよく寝室に飛び込んだものの、そこで冬馬さんはピタリと動きを止める。
「……冬馬?」
手首から彼の手をそっとほどき、前に回り込んで顔を覗き込む。
彼は再び片手で口を覆い、俯いて絶句していた。
「冬馬、どうしたの? 」
「……ヤバい」
「えっ? 」
彼がチラリと視線を上げ、やっと目が合う。
「今日の料理も、名前を呼び捨てなのも、俺のためにしてくれてるんだよな」
「当たり前でしょう? 冬馬のために決まってる」
「その……今日は本当に、エロい下着を身につけてくれてるの? 」
ストレートに聞かれて一瞬言葉に詰まったけれど、今更隠す必要もない。私は正直に答える。
「……うん、そう。冬馬のリクエストの下着。あなたが帰ってくる時間に合わせてシャワーを浴びて……準備、した。気に入ってもらえるか分からないけ……きゃっ!」
言い終わる前に強く抱き寄せられ、額と頬、そして唇にチュッチュと啄むようなキスが降ってきた。そのまま肉厚な舌で私の口内を蹂躙してからそっと離れる。
「桜子、自分で脱いで見せて」
冬馬さんは耳元で囁いてからゆっくり後ろに下がり、買い換えたばかりのキングサイズベッドに腰を下ろした。ギシッとスプリングの軋む音がする。
私はゴクリと唾を飲み込んで、まずはVネックのカシミアのセーターを脱いだ。中から黒いブラジャーが現れる。総レースだから胸の先端が透けて見える仕様だ。恥ずかしい。けれど、まだこの先がある。
履いているタイトスカートのサイドに手を伸ばす。ファスナーをゆっくり下ろすと、ストンと布地がカーペットに落ちた。
真っ直ぐに立って冬馬さんに顔を向けると、彼の猫のような目が細められ、私の胸元から爪先までゆっくり視線を動かしている。
まるで品評会で品定めされている気分。
私が身につけているのは、ランジェリーショップの店員さんオススメの黒のセットアップ。
黒いレースのガーターベルトにストッキング。上に重ねているショーツは、サイドが紐のTバック。前を覆う三角の布地には切れ込みが入っている。
私が選んだ下着は、果たして彼の希望に添えたのだろうか。
「あの……合格でしょうか」
「えっ? 」
ハッと我に帰ったような表情の彼に恐る恐る問いかけてみた。
「合格もなにも……」
彼の喉仏がゴクリと動くのが見えた。
「おいで」と手招きされて彼の目の前に立つ。
「これ……自分で選んだの? 」
レース越しにキュッと乳首を摘まれて、「あっ」と声が出た。
そのままクリクリと指の腹で先端を転がされ、ゾクゾクッと背中を電気が走る。
「俺のためにシャワーを浴びて、これを身につけて……待っててくれたの? 」
「んっ……あっ」
「桜子、ちゃんと答えて。俺のために買ってくれたの?」
指先での愛撫はそのままに、真っ直ぐ視線を合わせて聞いてくる。
「あ……っ、そう……。冬馬のためにこれを買って、身につけて……待ってた」
「……こうされたくて?」
冬馬さんは意地悪く目を細めると、右手で胸を弄りつつ、左手の中指でそっとショーツの中心を撫で上げる。
「やっ、あっ! 」
「こんな薄い布地……履いてないも同然だな。しかも切れ込み入りか」
「……駄目だった? 」
「いや、むしろ……」
そう言いながら前の切れ込みから指を忍ばせ秘裂を辿る。
クチュッと水っぽい音がするのを確認し、彼の顔に歓喜が浮かんだ。
「桜子っ、最高だ! 」
冬馬さんはベッドから弾かれるように飛び下りて、私の足元に跪いた。
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