婚約破棄してきた強引御曹司になぜか溺愛されてます

田沢みん

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雛子が浮かれた話 (1)

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 火曜日の朝、いつものように秘書課に行って、社長以下、重役全員のスケジュールの確認をしていた。

 社長秘書がどうしてわざわざ他の役員のスケジュールを確認するかというと、何か問題が起こった時に誰をどこに向かわせ誰にフォローさせるかというのを1秒でも早く決定し実行するために、全体の動きを正確に把握しておかなくてはいけないからだ。

 そして、常に社内に司令塔がいる状態にしておくために、役員同士のスケジュールの擦り合わせが必要というのもある。


ーー赤城さんについて学んでおいて良かったわ。

 会長秘書として赤城の下で働いたのはほんの10ヶ月程の短い期間だったけれど、ベテラン秘書の側でその仕事ぶりを直接見ることが出来たのは、とても有意義で貴重な経験だったと思う。

 今は朝哉の専属秘書として社長室で過ごすことが殆どだけど、出来る事なら秘書課にもちょこちょこ顔を出して、今度はヨーコからいろいろ学ばせてもらえたらいいな……と雛子は考えている。


「ヨーコさん、この前は楽しかったわ。また近いうちに遊びに来てね」

 打ち合わせを終えると、ドアまで見送ってくれたヨーコと笑顔で別れ、廊下に出る。

「ヒナコ!」

 社長室に向かって数歩歩いたところで呼び止められて、振り向いた。


「ヒナコ、私、トオルを好きになりまシタ。付き合ってマス」

ーーえっ……。

 ヨーコの発言をゆっくりと咀嚼する。

ーーヨーコさんが、透さんと……交際を始めた?!

 言葉の意味が理解出来たと同時に、ブワッと喜びが込み上げてきた。
 足が勝手に動き出す。

 小走りで走り寄り、両手を開いて抱きついて……

「……それは素敵だわ、おめでとう!」

 嬉しくて、感動して……あっという間に視界が滲んだ。





ーーヒナが浮かれている……。

 朝哉は自分のデスクで書類に目を通しながら、部屋の隅でパソコンに向かっている彼女の横顔をチラチラ見ていた。

 さっきからやけに機嫌がいいな……と思う。
 秘書課から帰って来てからだ。

ーーヨーコと遊びに行く約束でもしたのか?

 この部屋を出るまでに浮かべていた優しい微笑みが、戻って来たらニコニコ笑顔になっていた。


「……社長」

 パソコンに文字を打ち込みながら、雛子が話しかけて来た。

「はっ、はい!」

 雛子を見ていたのに気付かれて叱られるのかと、慌てて背筋をシャキッと伸ばす。
 だけどニコニコ笑顔はそのままだった。
 
 目が合ったから、ニコッと微笑み掛ける。
 ニコニコッと微笑み返された。
 どうやらお説教される訳ではなさそうだ。

「社長、今日は病院の見学に行ってから帰られるんですよね」

「うん、そう。うちの新しい内視鏡を使った手術を見学して、ドクターに話を聞いてから帰る。ヒナはタケに送ってもらってね」

「はい。夕食は家で食べますよね?」
「うん、あまり遅くならないと思うけど、先に食べてていいからね」

「いいえ、待ってます」
「ん?」

 朝哉が早目に帰れる日は一緒に帰って夕食を食べるけれど、基本的には朝哉を待たずに先に食べていて欲しいと言ってある。

 日本から急に連絡が入ってweb会議が始まる事もあるし、部下から話があると言われれば会議室に籠もって議論を交わす事もある。
 つまり仕事終わりの時間が読めないのだ。

ーーヒナもそれを分かってる筈なんだけどな……。

 わざわざ待っていると言い切るあたり、何かありそうな気がする。

 何かの記念日だったっけ?……と頭の中でカレンダーを思い浮かべる。

ーー誕生日では無いし、婚約記念日でも無い。ヒナとJFKで再会した記念日は過ぎたし……あっ!

「ヒナと屋上庭園に行って祖父じいさん達と食事に行って、座敷で6年ぶりにめっちゃエロいキスした記念日!」

「はぁ? 急に何言ってるんですか、ふざけないで下さい」

 ヤバイ、スッと笑顔が消えた。不正解だったらしい。

 だけど雛子はすぐに笑顔を取り戻し、悪戯っ子みたいに目を輝かせて言った。

「素敵なお知らせがあるの。帰ったら話すから、楽しみにしていてね」

 含むような言い方をしてから、また仕事を再開した。

「うん……分かった……」

ーーえっ、なんなんだ?

 ヨーコに会って来て。
 浮かれ始めて。
 ニコニコ笑顔で。
 食事を待ってるって言って。

『素敵なお知らせがあるの』
『楽しみにしていてね』


「あっ!」

 朝哉が大声を出してガタンと立ち上がったものだから、雛子が肩をビクッとさせて振り返った。

「ヒナ、もしかして……」
「えっ、駄目よ。今夜のお楽しみなんだから。今は仕事に集中してちょうだい」

ーーやはりそうだ……!

「う、うん、そうだな。お楽しみだな、うん」

 ゆっくり椅子に腰かけると、デスクの下でグッと拳を握ってガッツポーズをした。

ーーよっしゃ~!赤ちゃんが出来た!

 盛大な勘違いをしたまま、その日は2人とも別の理由でかなり浮かれて、いつも以上のハイペースで仕事をこなしたのだった。






*・゜゚・*:.。.。.:*・・ .・**・゜゚・*:.。 .。.:*・゜゚・*

『マジメ御曹司』19話の後のお話。
 一方その頃こちらでは……という感じです。

 向こうに書くのも違う感じだったのでこちらで番外編にしました。
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