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雛子が浮かれた話 (2)
しおりを挟む「タケ……俺は幸せの絶頂を知った」
「はぁ?」
ーーいや、違うな。これから家族3人でもっと幸せになるんだから……。
「タケ……俺、幸せになるよ」
「いや、もう十分に幸せだと思いますよ」
「そうか。……タケ、俺、一家の大黒柱として、仕事を今まで以上に頑張るよ」
「……? はい、頑張って下さいね?」
新型内視鏡の性能と評価を知るために、『セント・メリー病院』に向かう道中。
後部座席で足を組み、窓の外をぼんやり眺めながら、朝哉はこの上ない幸福を噛み締めていた。
ーーそうか、俺たちに赤ちゃんが出来たのか……。
予定外の出来事ではある。
まだ新婚だし、ニューヨークに来たばかりで落ち着かないこともあって、子供を作るのは2年後くらいでいいかな……と話し合っていた。
当然避妊もしている。
だとしたら、『避妊を失敗した』という事になるんだろうけど……。
「こうなると、失敗じゃなくて成功だよな」
「えっ、なんですか?」
「えっ、いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
予定外でも予想外でも、実際そうなってみたら、やはり嬉しいものなのだ。
ーーお祝いに高級ワインを買って帰ろうか……いや、アルコールは今日から禁止だ。俺も一緒に禁酒をしよう。
大きな薔薇の花束を買って帰ろうと決めた。
口元を綻ばせながら、いつもに増して真っ青に澄み渡って見える青空と、太陽の光を反射してキラキラ輝くビルの群れを車窓から眺めていた。
*
「ただいま~」
「お帰りなさい!……えっ、花束?!」
「うん。だって今日は 素敵なお知らせが待ってるんだろ?」
「あっ……もしかしたら気付いちゃった? ふふっ、まあいいわ。朝哉の予想はたぶん当たってると思うけど……答えあわせはこの後ね。食事の前にシャワーを浴びて来て」
「ああ、楽しみにしてる」
ーー本当に楽しみだ……。
シャワーを浴びて戻ると、ダイニングテーブル には『ちらし寿司』に『ハマグリのお吸い物』、『エビとアスパラガスのかき揚げ』、『ほうれん草の白和え』という、朝哉が好きな和食のメニューがズラリと並んでいた。
「これは凄いな。俺の好物ばかりだ」
椅子の背もたれを引きながらそう言うと、花瓶に生けた薔薇の花をテーブルに置いて、雛子が「ふふっ」と笑う。
「朝哉ったら何を作っても『好物だ』とか『美味しい』って言ってくれるから、本当の好物が分からなくなっちゃうわ」
「だってヒナの料理は全部美味しいんだよ。全部が好物だ」
「ありがとう。私は優しい旦那様を持って幸せね」
「そんなの、俺の方が……」
話しながら、視線がどうしても雛子の腹部の方に向いてしまう。
まだお腹は全く目立たない。
マタニティードレスを着るのはいつ頃からなのだろう。
もう赤ちゃん用の紙おむつとかベビー服を準備した方がいいのだろうか。
そんな事をぼんやり考えていたら、向かい側に座った雛子が、「いつもは飲まないけれど、お祝いだからワインでも開ける?」そう言って立ち上がろうとした。
「いやっ、アルコールは駄目だ!」
思わず大きな声を出した朝哉に、雛子が驚いて動きを止めた。
「あっ、大きな声を出してごめん。(赤ちゃんが)驚いちゃうよな。(母体に)悪い影響があると良くないし、(無事に生まれるまで)しばらくはやめておこう」
「ふふっ、私はそこまでアルコールに弱くないと思うけど……でも、そうね。酔っ払っちゃったらちゃんとお話出来ないものね」
雛子が椅子に座り直し、姿勢を正した。
「それでは改めて……朝哉、御報告します」
「はい、お願いします」
朝哉も背筋を伸ばして待機する。
ゴクンと唾を飲み込んだ。
「実は……」
ーー来たっ! いよいよだっ!
「ヨーコさんと透さんがお付き合いを始めました~!」
ーーん?
ジャーン!と自分で効果音まで発してニコニコしている雛子とは反対に、朝哉は目をパチクリさせて茫然としていた。
「……えっ………ええっ! 兄さんがヨーコと? えっ、赤ちゃんは? えっ、兄さん?!あれっ?えっ?」
ーー何だって?!
ヨーコが兄さんと付き合ってる? マジか!いつから? やはりこの前の食事会がきっかけで?
いやっ、それよりも……
「赤ちゃんは?」
「えっ、付き合い始めたばかりでいきなり妊娠はしてないんじゃない?」
「違う、そうじゃなくて……」
「俺たちの赤ちゃんは?」……と聞いた途端、雛子が一瞬ポカンとして、それから顔を赤くして、両手で口を覆った。
「もしかして……私が妊娠したと思ってた?」
「うん……ごめん」
コクリと頷いたら、今度は雛子の方が狼狽え始めた。
慌てて席を立つと隣に座り、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ごめんなさい、私が期待させるような事を言ったから……」
「違う。俺が勝手に勘違いしただけなんだ。元々まだしばらくは子作りしない予定だったんだし、避妊が失敗したわけじゃなくて良かったよ」
笑顔を作ってみせたけれど、正直ちゃんと笑えてるか自信がなかった。
ーーヤバい……思っていたよりショックだったみたいだ。
なにも流産したとか不妊だったとかじゃない。
まだまだ先だと思っていたことが、本当にまだだっただけの話だ。
それなのに.…。
ーー俺ってこんなに欲張りだったんだな。
大好きな女性と巡り合って恋をして、結婚まで出来て。
これ以上ないくらい幸せだと思っていたのに、更にそれを超える超ド級の幸せがあるのだと、目の前に提示されてしまった。
ーー血の繋がり。
心と身体が繋がっても、紙切れの契約があるとしても、それは決して血の繋がりには成り得ない。
だけど、子供が2人の愛を証明してくれる。繋いでくれる。
2人の血肉と2人分のゲノムを持って生まれて来る1つの命。
そこに更に2人で愛情を注ぎ込み、一緒に育てて行く。
なんて素敵なことなんだろう。
ーーまあ、全ては俺の早とちりだった訳だけど。
不意にフワッと抱き寄せられて、柔らかい胸に顔を押し付けられた。
「朝哉、ガッカリしちゃった? 子供が欲しいのなら、作ったって構わないのよ」
子供をあやすように優しい声音で言われて、今更照れ臭くなった。
勝手に勘違いして勝手に落ち込んで慰められて……どうにも自分は雛子の前だと格好がつかない。
「……ん、いいんだ。まだ俺たちには早いって事だよ」
「早い?」
「そう」
朝哉はギュッと雛子の背中を抱きしめ返す。
「今日、赤ちゃんが出来ているかも知れないと思った時、嬉しかったと同時に、自分は何も知らないんだって思った」
妊娠したら妻の身体はどう変化していくのか。
夫は何が出来るのか。
準備するものは? 何処でいつ、何を買えばいい?
肉親から遠く離れたニューヨークで、雛子は無事に出産出来るのか? 仕事はどうする?
「俺、いい父親になれるように準備するよ。本番に備えて」
そうだ。猶予が出来たと思えばいい。
いつか本当に子供が出来るその日まで、考える事も、学ぶべきことも沢山ある。
そう考えたら、新たな目標が出来たことで俄然やる気になった。
頑張ろう。そしてヒナの夫としても、いつか生まれて来る子供の父親としても恥ずかしくない人間になろう。
ーーとりあえず今はそれよりも……。
「ヨーコが兄さんと付き合ってるって? マジか」
顔をガバッと上げて聞いたら、雛子がゆっくり頷いて、クスッと笑った。
「本当よ。今度2人をご招待してお祝いしなきゃね」
「それってやっぱり、ここでの出会いがきっかけ?」
「そうみたいよ。素敵ね、私たちが2人を結びつけたなんて」
「そうか……なんか不思議だな」
雛子と朝哉を結びつけるために協力してくれていたヨーコが、今度は自分の兄の朝哉と結ばれて……。
ーーん?
「……ということは、ヨーコが俺たちの義姉さん?!」
「いずれそうなるわよね……素敵だわ!」
姉のように思っていた人が本当に義姉になる。そうなったらもっとお互いの家を行き来して遊びたい、お互いに子供ができたら協力して子育てしたい……。
パアッと表情を明るくしてはしゃぎだす妻を見ながら、改めて幸福を噛み締める。
ーーそうか……こうやって家族って拡がっていくんだな。
他人同士が結びついて、そこから新たな人の輪が繋がって……。
「ヒナ、ゆっくり俺たちの家庭を作って行こうな」
「……ええ」
「俺、家族になれた相手がヒナで良かった」
「私もよ、好きになって結ばれた相手が朝哉で良かった」
「とりあえず……ヒナのご馳走を食べて、それからヒナを抱いてもいい?」
「ふふっ……勿論。その前に、今日の朝哉の勘違いのお話も聞きたいわ」
「えっ、マジか……」
見つめれば、興味津々でキラキラと輝く大きな瞳。胸の前で指を組み、今か今かと待っている。
ーーまっ、いいか……。
緩やかな弧を描くその唇に口づける。
その甘美な味に、そのまま寝室に連れ込みたい衝動に襲われたけれど……今はまだ早い。
ーー恥ずかしいけれど、話してやるか。
今朝の雛子がどれだけ浮かれていたかを。
それを見た自分がどれだけ浮かれたかを。
自分が想像した未来がどれだけ輝いていて、どんなに幸せだったかを。
マンハッタンの街角で、手を繋いで歩く影。
1組の男女と小さな子供の3つの影だ。
そこにはきっと、仲睦まじい日本人夫婦と、両側から手をしっかり握られている小さな子供がいるに違いない。
そんな幸福な未来が、きっと2人を待っている……。
Fin
*・゜゚・*:.。..。. .。・**・゜゚・*:.。.. .。.:*・゜゚・*
『雛子が浮かれた話』でした。
描きたいと思っていたエピソードは大体描き切りました。
後はタケの事くらいでしょうか。
また新しいエピソードが浮かんだら番外編を更新していこうと思っていますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。
出来る限り皆様の希望にお応えしたいと思いますので、もしもリクエストなどがあれば仰って下さい。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
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