婚約破棄してきた強引御曹司になぜか溺愛されてます

田沢みん

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裏 あしながおじさまは元婚約者でした

初恋 side朝哉

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「今日も雛子さんと会ってきたのか?」

 土曜日の夜。
 朝哉が何度目かの雛子とのデートから帰ると、珍しくリビングのソファーで父の時宗ときむねが新聞を読んでいた。

 仕事人間の時宗は家にいる時間が極端に少ない。夜は帰宅が遅いし、休日も付き合いのゴルフだの会食だので朝から晩まで出掛けているのはザラだ。

 以前から親子間で会話が多いほうではなかったが、朝哉が大学に入ってからは日吉キャンパスのある横浜のアパートで一人暮らしをはじめたため、より一層顔を合わせる機会が少なくなっていた。

 今夜、朝哉が横浜のアパートではなく松濤の実家に帰ってきたのは、明日も朝から雛子とのデートがあるからだ。

 彼女が住む世田谷にはこちらからのほうが15分ほど近い。
 雛子の門限が午後十時なので、少しでも長く会おうと思ったらデートの開始時間を早めるしかないのだ。

 明日は朝7時半に迎えに行き、カフェで一緒に朝食を食べて、そのまま街をぶらつく予定だ。
 できれば夜中まで一緒にいたいけれど、朝哉と付き合うまで雛子の門限は9時だったのだから、1時間延長されただけでもありがたいと思わなくてはいけないだろう。
 なにせ雛子はまだ高校1年生なのだ。


 朝哉はミネラルウォーターをグラスに注ぎ一気に飲み干すと、L字型に置かれたイタリアンレザーのソファーに腰掛けた。

「父さん、俺、ヒナと結婚したい」

 時宗は顔のまえに広げていた新聞をバサリと下ろし、「まだ早いだろう」とあきれ顔になる。

「もちろん今すぐは無理だってわかってるよ。だけど俺がそういうつもりでいるってことを伝えておこうと思って。彼女が来年16歳になったら婚約だけでもしておきたい」

「ふむ、婚約か……」

 少し考えて、時宗はソファーに深く背中をあずけ、腕を組む。

「そうだな……来年にはおまえも21歳だ。白石との業務提携と同時に婚約発表をするというのもいいかもしれん。次期後継者としてのアピールにもなる」

「父さん、後継者は俺じゃなくて兄さんだ」
「いや、アイツは器じゃない」

 朝哉は思わず身を乗り出して抗議した。

「父さん! 俺の将来は俺が決めるよ。ヒナとのことだって会社と関係ない」

「関係ないはずあるか。そのために雛子さんをおまえにてがったんだ。誰のおかげで彼女と知り合えたと思ってるんだ。彼女をとおるの見合い相手にすることだって出来たんだぞ!」

「彼女をモノみたいに言うなよ!」

「結婚は家と家の繋がりだ。おまえの意志だけで決められるものではない」

 朝哉はソファーから立ち上がり、険しい顔で父親を見下ろす。身体の横で握りしめた拳がふるえていた。

「そりゃあ出会わせてくれたことには感謝してるけど…………俺は俺の意志で彼女を好きになったんだ。たとえ彼女が白石メディカと関係ないただの高校生だったとしても、気持ちは変わらない」

 今日はアパートに帰る……と言い捨てて、朝哉は家をあとにした。

 車のドアを乱暴に閉めてアクセルを踏み込むと、そのまま世田谷に向かう。
 雛子の家の前で車を停め、スマホを手にとり電話をかけようとして……指を止めた。
 今は午後11時すぎ。高校生はもう寝る時間かもしれない。

 門の奥にある家を見上げると、2階の部屋に電気が灯っているのが見えた。あそこがヒナの部屋なのかな……と思った。
 スマホでメッセージを送る。

『もう寝てる?』
『起きてるわ。朝哉さんはもう家?』
『うん、そう』

『今日はありがとうございました。水族館、楽しかった』
『楽しかったな』

『ヒナ、電話してもいい?』
『いいけど、どうしたの?』
『ただ声を聞きたいだけ』

 すぐに電話をかける。ワンコールで雛子の可愛らしい声が聞こえてきた。

『ふふっ、今日はラッキーだ。ついさっきバイバイしたばかりなのに、また朝哉さんの声が聞けた』
「ついさっきじゃないよ。もう1時間以上も前だ」
『ふふっ』

 雛子の声を聞いたとたん、苛立っていた心が癒される。思わず目尻を下げた。

「あ~、めっちゃ会いてぇ~!」
『うん……私も』

「ヒナ、大好き」
『うん、私も』

「キスしたい」
『……うん』

「ヒナも俺とキスしたい?」
『何言ってるのよ、バカ』

「なあ、ヒナは俺とキスしたくないの? そう思ってるのは俺だけ?」
『………したいよ』

「ちゃんと言って」
『……私も朝哉さんとキスしたい。明日、会えるの楽しみにしてるよ……もうっ! こういうの恥ずかしいから!』

 電話の向こうで顔を赤くしているであろう雛子を思い浮かべる。
 それだけで好きが溢れてどうしようもなくて、今すぐ駆け出したい気持ちになる。
 今すぐ抱きしめたい衝動をグッと抑えて言葉を続けた。

「ハハッ、めっちゃ可愛いな……。ヒナ、俺を朝哉って呼んでみて。あと、チュッってリップ音させてから電話切って」

『はぁ? もう、バッカじゃないの!? ……チュッ! ……それじゃあね! 朝哉、大好き! おやすみなさい!』

 プツッと電話が切れて、車内がシンと静かになる。

「はぁ~っ、ほんっとマジで好きだぁ~」

 恋愛脳はこうも人を馬鹿にしてしまうものなのか。会った直後にもう会いたくなるし、キスを何度重ねても足りないと感じる。

 両手で顔をぬぐい、もう一度窓を見上げる。
 しばらくそのままでいると、部屋の明かりがフッと消えた。

ーー誰がなんと言おうと、俺とヒナが出会うのは運命だったんだ。会社も後継も関係ない。

「……さっ、急いで帰ろ」

 アパートからだと35分はかかるから、明日はまた早起きしなくてはならない。
 けれどそんなのはまったく苦じゃない。たとえ1時間以上かかるとしたって、自分は喜んで会いにくるだろう。

 彼女の柔らかい声音と耳元で聞こえたリップ音を心の中で反芻はんすうしながら、朝哉は頬をゆるめ、車を走らせるのだった。
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