黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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グラリオンの夜、ふたたび 九

「アベル様、私は自分のしたことを後悔しておりません」
「ド、ドミンゴ、お前は……! 私を騙していたことを恥じていないのか?」
 ドミンゴはかすかな笑いをやつれた顔に浮かべた。
「私の人生は長年、煉獄をのたうっているようなものでした。貴方様のようなお方にお仕えし、すぐすばにいて、朝夕あなた様を眺め、お召しものから日常のこまごまとしたことまでお世話し、あなた様の声を聞き、笑顔を見、薔薇の芳香のような体臭を嗅ぎ……私は毎日、天国と地獄を行ったり来たりしているような気持ちで、十年以上生きてきたのです」
 ドミンゴの目は真剣そのものだ。
「すぐ側にあなたはいる。ときには手で触れることもできる。ですが、それ以上は決してゆるされない。これは、私にとっては生き地獄のようなものでした。あなたに恋狂うあまり、あなたの汗の染み込んだ衣に顔をうずめたこともあれば、あなたの食べ残した料理を夢中で貪ったこともあります。あなたの身体を洗った湯を飲んだことさえあります。若いあなたが汚した下着を、そのまま大事に取っておいたこともありました」
 アベルはおぞましい、といわんばかりの嫌悪の表情を見せ、公爵は苦笑した。
「その下着は、この旅に出るまえに、もしや二度と祖国には戻れぬことを考えて、あとに残って人目に触れないように、燃やしておきました。そうです。私はあなたを裏切ることを考えたときから、すでに死を覚悟していたのです」 
「ど、どうして……そんな……それほどに……?」
 アベルの目には嫌悪と疑惑がこもっている。
 ドミンゴは自嘲の笑みを返した。
「わからないでしょうね、あなた様のようなお方には。人を想うことで苦しみ、あがき、その想いが叶えられぬことに絶望したことなど、あなた様の……あなたの今までの人生には一度だってなかったでしょう?」
 たしかに、アベルは誰かを想って苦しんだり悩んだりしたことは、まだないにちがいない。
 アベルにとって大切なことは困窮している伯爵家の財政をたてなおすことなのだろう。そのことでいつも必死だったはずだ。家名をふたたび盛り上げるために、自分は当主として何をするべきか、そればかりを考えて過ごしてきたのだ。オルティスには推測できた。
 そして、一人の貴族として、騎士として、いかにその使命をまっとうし、祖国や敬愛する女王に尽くすか。それ以外のことはアベルにとってはどうでも良かったのだ。
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