黄金郷の白昼夢

文月 沙織

文字の大きさ
51 / 184

淫夢のなかで 十

しおりを挟む
「こら! 誰が止めてよいと言った? ほら、つづけろ」
 怒りと楽しさが入り混じった世にも残酷な顔で公爵は告げた。
 この蒙昧もうまいの時代の身分制度は、このような人非人に、生まれ落ちたそのときから、玉座にも次ぐという高い地位と巨万の富をあたえたのだ。そしていかなる気まぐれか、創造主はこの陰険な男に、ずば抜けた知性と、強靭な体躯と、整った顔だちをあたえた。
 そこにいるのはバルトラ公爵という名の、この世の理不尽の象徴そのものであった。オルティスは内心溜息をつきそうになる。
「いいか、ドミンゴ、このざまを、よく見ていろ。そしてまた絵にして、帝国中の連中に見せてやるがいい」
「かしこまりました」
 滑稽なほど慇懃にドミンゴが返事をする。
 アベルの閉じた瞼から、銀色の滴をあふれだす。ついに堪えきれなくなったようだ。
「アベル、おまえの泣き顔はまた麗しく見ていて楽しいが、手は休めるなよ」
 ほんのひとかけらでも情というものがある人間なら、アベルの涙に心を打たれないわけはないが、公爵には、そのほんのひとかけらの情もないようだ。
 いや、公爵の場合は、別の意味に心打たれ、いっそう嗜虐癖を増すのかもしれない。
「ほら、さぼっていないで、手を動かせ」
「ああ!」
 アベルのなかで、感情の堰が切れたのかもしれない。
「な、何故……、何故、私にこんな仕打ちをするのだ! な、なぜ、私はこんな目に遭わないといけないのだ!」
 涙声で訴えるアベルの姿は悲痛である。だが、痛々しければ痛々しいほどに、さらに美しさを増すのだからふしぎだ。
 美しい人は、怒っても美しく、泣いても美しく、悲しんでも美しく、その一瞬一瞬の感情の発露のすべてが、一幅の絵のように様になることを、こんなときだがオルティスは知らされた。
「なぜ、と言われても俺にもうまく説明できないのだがな」
 にやにやと笑いながら、公爵は顎を撫でた。その仕草は、いきなり十歳も歳を経たかのようにひどく大人びて、というより老けて見えた。
「俺はおまえを見ているだけで、どうにも堪らない気分になってくるのだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...