黄金郷の白昼夢

文月 沙織

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魔軍の行進 九

(あっ……)
 それは暴風雨になぶられた一輪の白薔薇が、翌朝の朝日のもとに毅然と咲き誇っているような光景だった。
「慣れぬ異国で、いろいろ困難はありましたが、それも帝国と両陛下のためならば、耐える甲斐がありました。今日、ここに、こうして祖国の土を踏み、両陛下に拝謁できましたのは、栄光の極みです」
 一言一句、鈴を鳴らしたような妙なる美声が、しっかりと大広間に響きわたる。
 貴族たちも、アベルの臆することのない態度に圧倒されたようで、彼らのあいだには、どこかばつの悪い雰囲気がただよった。列の端に立つアビラ子爵は目を伏せている。
「そうか。それは重畳」
 一番ひるんだのはフェルディナンド王だろう。空咳からぜきをして、目をそらす。
 あの噂は、やはり噂に過ぎないのではないか、あの書物は、たしかにアルベニス伯爵を題材にして描かれたものなのではあるだろうが、内容はまったくの空想ではないか、という意味をこめた目配せが貴族たちのあいだでしばし交わされた。
 その後は宴となり豪勢な宮廷料理に客たちは舌鼓をうち、酒と音楽と笑い声に広間が満たされたころには、もはや誰もアベルを疑惑の目で見ることなかった。
 国中をさわがせた淫書は、結局は空想を描いただけのものだったのだ、過去にも王族の恋愛譚や聖職者の醜聞をおもしろおかしく脚色し、巷の読み売りが大袈裟に人々に語り聞かせたことがあったが、あれと同じことだったのだ、と貴族たちは納得するようになった。
 そう納得させるほどに、アベルの姿は美しさと勇ましさ、清らかさにあふれており、どう考えても、これほどにまで、見るからに高潔無垢な青年が、あの物語の主人公のように異常なほどに淫虐、破廉恥な目にあったということを、この頃のまだまだ粗削りな文化のなかで生まれ育った貴族たちは受け入れられないでいた。
 基本、帝国は尚武しょうぶの国であり、貴族の子弟は物心ついたころから、騎士道精神をたたきこまれて人となる。
 貴族の真髄は、最近はすこしちがってきてはいるが、本来は、洗練でも華美でもなく、一徹であることである。女王からして、戦に出ているときは、勝利のためならと身を飾ることも放棄したぐらいである。
 そんな武骨な国民性を持つ貴族たちには、グラリオンの後室でおこなわれているような淫靡きわまりない背徳的な行為を、帝国の代表として敵地におもむいたアベル =アルベニス伯爵がその美しい身体に甘受して、あまつさえ生き永らえて帰ってくるなど,ありえないことだ。女王の第一の寵臣といわれたアベルが。
 帝国と女王の名誉のためにも、あってはならないことだ。
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