煉獄の歌 

文月 沙織

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「は……ぁ」
 ぐい、ぐい、と敬は木に自らをこすりつけてみる。
(あ……)
 敬の唇から、我知らず安堵の吐息がこぼれる。たぎる湯のなかに、わずかながらも冷水が注がれたようだ。
 敬はさらに腰に力を入れてみた。
「ん……んん」
 そこに、感じる。固いものが触れている。無機質な物質だが、それでも感触というものをくれるのだ。
「うう……」
 気の狂うほどの下半身の熱が、ほんのわずか冷めてくれたかと思った瞬間、敬の内側で、抑えることのできた焦燥の代わりのように、たまらない感情が込み上げてきて敬をいっそう困惑させた。その感情の正体は……、
(惨めだ……)
 今の自分のあまりにも情けない姿を思うと、絶叫したくなる。
 敬の不良仲間には過酷な経験をした者も多い。生まれたときから父親がいなかったとか、母親に捨てられたとか、なかには親に捨てられて浮浪児になった少年もいる。その少年は生きるためにはゴミ箱の残飯もあさったと言っていたが、そのときの彼の心情はこんなものだったろうか。
 いや、それよりさらにこの状況は屈辱的だ。彼の場合は生きるためだが、敬はひたすら燃えさかる欲望にせかされての行為だ。
「ふっ……、うう……ああ……ん」
 もどかしい……、快とも不快ともつかず……、というより、快と不快を含んだ、あまりにももどかしい感覚が敬の中心を焦がしぬく。
 全身から湯気がたちそうだった。
「は……、ああ!」
 もう少し、あとほんの少しの刺激があれば、いけるかもしれないが、それがなかなか得られず、敬はあまりの焦燥感に泣きたくなる。

「そろそろ、行きますか?」
 鬼若に言われて、瀬津は煙草を口からはずした。
「もう少し待て」
 壁には円形の覗き穴があり、それを隠すように三面鏡が置かれてある。その鏡は特殊なもので、警察などで面通しの際に利用されるマジックミラーというものだ。
 隣室の縦長の銀板には、敬のあられもない姿がすべて映し出されていた。
 硬質な敬の白い肌が、電傘の下、ほのかな明かりに照らされ、ぬめるように光っている。
 寄せられた眉は苦悶の表情をいっそう美しく見せ、額に浮かぶ真珠の汗までまざまざと見える。
 時折り悔し気に唇を噛む様子が、なんともなまめかしく、いじらしい。
 瀬津は興奮のあまり背がぞくぞくしてきた。いつまでも、この官能的な絵を眺めつづけていたい。
「お、いくか?」
 瀬津の言葉どおり、敬はとうとう自力でせきを超えたようだ。
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