黄金郷の夢

文月 沙織

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策略 一

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「アルベニス伯爵、そなたに異教徒どもとの交渉を命じる」
 敬服する女王からそう命じられたとき、アベルは大理石の床に跪いたまま静かに頷いた。
 今、祖国は異教徒たちと国境での小競りあいに頭を悩ませている。敵を味方にするべく、賢明な女王は三女の王女を異国の王に嫁がせるつもりなのだ。
 女王は黄金の杖でいまいましげに床を打つ。その姿はまぎれもなく世界の支配者だ。
「敵は手ごわい。二枚舌で王女との婚約を伸ばすかもしれぬ」
 イサベル女王の乾いた碧眼はいらだちに光っていた。
 ここ数年、なんども干戈かんかをまじえ、ときに偽りの和平をむすびつつ隣国との交渉をこなしてきたが、それもそろそろ決着をつけねばならなくなったのだ。全面対決か、永久の同盟をむすぶか。
 この縁談がまとまるかどうかで戦か平和のどちらかにつながるのなら、アベルは持てる力のすべてをかけても、どうにかして縁談をまとめたい。
「だが、そなたは賢い。なんとしても異教徒の国を我が国の傘下にとりこむため、縁談をまとめてきてほしい」
「命に代えても、ご命令を果たします」

「アベル、アベル、本当に大丈夫なのか?」
 廊下の床石を打つ音がひびき、追いついて来たのは、つい先ほど学舎で議論をかわしたエゴイ=バルトラだった。細い黒目は揶揄やゆするように輝いている。この友人が、今ひとつアベルは苦手だ。
「イサベル女王陛下のご命令なら、なんとしても果たさねばならない。私はすぐにグラリオンへ行くつもりだ」
「しかし、先日、戴冠したディオ国王は若いとはいえ、したたかだというぞ。おまえ一人では心配だ。俺も行こうか」
 友人のこの申し出は、いささかアベルの自尊心を傷つけた。
「命令されたのは私だ」
「そんな怖い顔をするなよ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ」
 二歳年長というだけで、やたらこの男はアベルを若年者として軽く見ているところがある。アベルはいらだちに頬がひきつるのを自覚したが、こらえた。
 石の廊下で対峙たいじする二人に、行き交う侍女たちが好奇の目を向けている。もっぱら、女たちの目は、薄暗い廊下に輝く、太陽の光を編んだかのようなアベルの肩まである黄金の巻き毛と、夏の海を思わせる瞳に向けられている。長身のアベルより頭半分高いエゴイに目を向ける女たちもいるが、やはり、二人が並ぶと、若い娘たちは国一番の美貌の貴公子アベル=アルベニス伯爵を追いかける。
(見て、アベル様よ。若干二十二歳で伯爵家を継がれた、女王陛下の寵臣よ。なんてお美しいの)
(エゴイ様も素敵よ。なんといっても公爵家の跡取りですもの。見て、あのマント。ダイヤモンドの飾りよ。いくらアベル様がお美しくても、言ってはなんですけれど、伯爵家は今や……)
(しっ! 女官長が来られるわ)
 さいわいにも、宮廷雀たちのそんな囁きを聞くこともなく、アベルはその日のうちにグラリオンへ向かった。

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