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花、開くまで 一
「アイーシャ様にも困ったものですね。後で多少、お灸をすえておきましょうか?」
隣部屋の小窓から、アベルたちの様子をすべて見ていたカイは、王に伺いをたてた。
「いや、よい」
王は笑って首を振る。瞳が黒曜石のようにきらめいているのは、機嫌が良い証しだ。
ディオ王はあの困った寵姫にひどく甘い。カイは時折ふしぎになるのだが、エリスに言わせれば、「アイーシャ様のあの下品なまでの正直さが王には好もしいんじゃないか」ということだ。
良家の生まれである他の側室や妾たちは、生まれながらに受けてきた淑女教育ゆえに、滅多に本音で語ることはない。つねに「陛下の思し召しどおり」、「陛下の御心のままに」という二言でしか己を言いあらわす術をもたない。そんな美しいだけの後宮人形たちに飽き飽きしていた王にとって、アイーシャの欲望への率直さ、貪欲さ、ときに周囲を困惑させるほどの激しく我が儘な気性は、生きた生身の女というものは、こういうものなのかと、いっそ感心させられ、興味をわきたてさせられ、飽きさせることがないのだろう。
王は椅子から立ち上がると、小窓から中の様子をうかがう。近くに控えていた男が急いで王の邪魔にならぬように後退る。
窓を覗くディオ王の横顔は黒獅子のように美しく、恐ろしい。
「もうそろそろ良いだろうかな? すでに伯爵は充分開花したようだが」
獅子は飢えているようだ。カイは数秒考えた。
「さようでございますね。今のところ、伯爵は八分咲の花というところでございましょうか」
「八分か」
王が男らしい黒い眉をゆがめる。
「はい。あと、もう数日……三日ほどお待ちいただけませんか? あと三日で伯爵は満開になって充分陛下をたのしませ、伯爵自身も快を得ることができるようになるでしょう」
顔を伏せている男の膝が、かすかに震えているのがカイには知れた。
「今では充分ではないのか?」
「今なら、快楽、八、苦痛、二というところでございましょう。あともうしばしお待ちいただければ、伯爵は十の快を得ることができる身体と心になります」
「ふうむ……」
男が、二人の会話を聞いて折った片膝のうえで片手を握りしめているのがカイの目に見えた。だが、当然男は下郎の立場をわきまえて何も言わない。
「そうか。ではもう少し待つとしよう。余は、初夜の晩にアルベニス伯爵に最高の悦びを与えてやりたいのじゃ」
「寛大なお心に感謝します」
カイはグラリオン宮廷式に身体をひねって、頭を垂れるお辞儀をした。
王がカイに背を向けて室を出ていくとき、まとっている純白のマントに刺繍された孔雀の目の箇所に縫いこまれているダイヤモンドが室の蝋燭の明かりを弾いた。王者の威光の残光のようなその光が消えてから、カイは告げた。
「なぁ、おまえ、馬鹿なことは考えるなよ」
言われた男は驚いたように身をすくめたが、あわてたように首を振る。
「この宮殿、とくに後宮では、言われたことだけをして勤めを果てしているのが一番なんだ……」
男は無言で石床を見ている。
隣部屋の小窓から、アベルたちの様子をすべて見ていたカイは、王に伺いをたてた。
「いや、よい」
王は笑って首を振る。瞳が黒曜石のようにきらめいているのは、機嫌が良い証しだ。
ディオ王はあの困った寵姫にひどく甘い。カイは時折ふしぎになるのだが、エリスに言わせれば、「アイーシャ様のあの下品なまでの正直さが王には好もしいんじゃないか」ということだ。
良家の生まれである他の側室や妾たちは、生まれながらに受けてきた淑女教育ゆえに、滅多に本音で語ることはない。つねに「陛下の思し召しどおり」、「陛下の御心のままに」という二言でしか己を言いあらわす術をもたない。そんな美しいだけの後宮人形たちに飽き飽きしていた王にとって、アイーシャの欲望への率直さ、貪欲さ、ときに周囲を困惑させるほどの激しく我が儘な気性は、生きた生身の女というものは、こういうものなのかと、いっそ感心させられ、興味をわきたてさせられ、飽きさせることがないのだろう。
王は椅子から立ち上がると、小窓から中の様子をうかがう。近くに控えていた男が急いで王の邪魔にならぬように後退る。
窓を覗くディオ王の横顔は黒獅子のように美しく、恐ろしい。
「もうそろそろ良いだろうかな? すでに伯爵は充分開花したようだが」
獅子は飢えているようだ。カイは数秒考えた。
「さようでございますね。今のところ、伯爵は八分咲の花というところでございましょうか」
「八分か」
王が男らしい黒い眉をゆがめる。
「はい。あと、もう数日……三日ほどお待ちいただけませんか? あと三日で伯爵は満開になって充分陛下をたのしませ、伯爵自身も快を得ることができるようになるでしょう」
顔を伏せている男の膝が、かすかに震えているのがカイには知れた。
「今では充分ではないのか?」
「今なら、快楽、八、苦痛、二というところでございましょう。あともうしばしお待ちいただければ、伯爵は十の快を得ることができる身体と心になります」
「ふうむ……」
男が、二人の会話を聞いて折った片膝のうえで片手を握りしめているのがカイの目に見えた。だが、当然男は下郎の立場をわきまえて何も言わない。
「そうか。ではもう少し待つとしよう。余は、初夜の晩にアルベニス伯爵に最高の悦びを与えてやりたいのじゃ」
「寛大なお心に感謝します」
カイはグラリオン宮廷式に身体をひねって、頭を垂れるお辞儀をした。
王がカイに背を向けて室を出ていくとき、まとっている純白のマントに刺繍された孔雀の目の箇所に縫いこまれているダイヤモンドが室の蝋燭の明かりを弾いた。王者の威光の残光のようなその光が消えてから、カイは告げた。
「なぁ、おまえ、馬鹿なことは考えるなよ」
言われた男は驚いたように身をすくめたが、あわてたように首を振る。
「この宮殿、とくに後宮では、言われたことだけをして勤めを果てしているのが一番なんだ……」
男は無言で石床を見ている。
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