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没落の家 一
しおりを挟む「兄さん、僕、かまわないよ」
ナルキッソスがそう言ったのは、重苦しい沈黙のあとだった。
「馬鹿を言うな!」
リィウスは思わずブロンズのテーブルを拳で叩いていた。
蒼い瞳に怒りをみなぎらせている兄を見上げ、ナルキッソスはこわばった白い肌に、薄い笑みを浮かべてみせる。あと、もう二月もすれば十四歳になるが、トュニカの短い袖から伸びている手は痛々しいほどにほそく白い。彼を初めて見るものは皆、女の子だと思うほどだ。いや、少女でも十二になれば法的に婚約者を持ち結婚もできるこの時代に、ナルキッソスはひどく晩熟な方だ。やや、発育不足なのかもしれない。だが、歳より幼げなその弟が、信じられないような言葉を告げる。
「平気だよ。そこの……屋敷で、しばらく我慢すれば、すべてがうまくいくんでしょう?」
目を伏せ、肌をほのかに赤く染めて、ナルキッソスは呟くようにつづけた。巻き毛の金髪が頬にかかる様は、ひどくいじらしい。ナルキッソスとリィウスのゆいいつ似ているところは、巻き毛の髪だけで、それも色もリィウスの髪は艶をふくんだ薄い鳶色だ。
「へ、平気だよ、……男の人の相手をするぐらい」
「ナルキッソス!」
「さすが、坊ちゃん、物分かりがいい」
青銅の円卓をはさんで対峙する兄弟の、ちょうどまんなかに位置するように座っているのは、出入り商人のマロである。髭にかこまれた薄い口が卑しい笑みを作るのを、リィウスは憎々しげに睨んでしまう。
本当なら怒鳴りつけて追い出してやりたいが、今はこの成り上がりに頼るしかないのが辛い。
「そうですよ。ナルキッソス様なら、ほんの一年か二年、辛抱してくださったら、すぐ借金なぞ返せますよ。そのあいだに世のなかももう少し変わって、どうにかお家も建て直せるかもしれません」
「だ、駄目だ、ナルキッソス! おまえを売った金で生きることなど、私には出来ない!どこの世界に弟を売る兄がいる」
その言葉にマロの細い目がやや見開かれる。
弟、とは言ってもナルキッソスは昨年亡くなった義母、ポルキアの連れ子であり、リィウスとは血がつながっていない。
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