燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 だが、この家に来たのはナルキッソスが三歳の可愛い盛りであり、当時八歳だったリィウスにとっては生きた人形のようだった。以来、十年におよんで、兄、弟と呼びあって過ごせば、血を分けた兄弟同然に彼が愛しい。
「そんなことをしたら、私は墓のなかのおまえの母親に申し訳がたたない!」
「でも、兄さん」
 ナルキッソスが悲しげに碧の瞳をまたたかせる。
「この家が滅んでしまったら、それこそ亡くなった父上に申し訳が立たないよ」
 大人びたことを言う弟をまえに、リィウスは己の非力を痛感した。
「さようでございますとも。なんといってもレムスとロムルスの時代よりつづいたこのプリスクス家が滅んでしまうなど、あってはいけません」
 マロの口出しを、リィウスは内心忌々しく思った。
 たしかに家柄だけは古いが、時流に乗ることができなかったこの家は、祖父の代から内情はかなり苦しかった。さらに祖父の死後、名ばかりとはいえ財務官という名誉ある職についた父は、横領の疑惑を受けて免職され、失意のうちに病で亡くなった。二年前の秋のことである。
 その後、義母もあとを追うように亡くなり、この古びた屋敷に残されたのはリィウスとナルキッソスの二人、そしてわずかな使用人だけである。親戚たちは、父が失職したころから誰も訪ねてもこない。
 所領も別荘もいつの間にか人手にわたり、残っているのは借金だけである。その借金の返済のために、こともあろうにマロはナルキッソスに娼館で男娼として働けというのだ。
 リィウスは屈辱と怒りに震えた。
 男性同士の恋愛や性行為自体は、この時代、珍しくもなければさほど異端視されていたわけではない。
 なんといっても初代シーザーでさえ、若き日に、さる権力者の寵愛を受けたといわれているぐらいだ。その逸話に嘲笑はつきまといはするが、よくあることであった。ただシーザーにとって不名誉なのは、男色の噂そのものではなく、彼が受け身の行為をしたと噂されたことである。 
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