燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 ローマの男は、男を抱くことは許容されても、抱かれる側になってはいけない。そうなると、もはや健全なローマ人男性ではなくなってしまう。
 それなのに、こともあろうに、マロはナルキッソスに金で身を売れというのだ。そんなことをしたら、ナルキッソスの人生は終わってしまう。二度と世間に顔向けできない。
「ご安心ください。……この話を持ってきたのは、口の固い方で……。相手の方々も……ちゃんとした立派な方であり、けっして坊ちゃんの名が外に出ることはありません」
 ナルキッソスを〝坊ちゃん〟と呼ぶのは、彼が年少であることもあるが、もともと庶民の出であるナルキッソスを、やはりマロがどこかで軽んじているからだろう。
 マロの話はこうだ。
 世間にはリィウスたちのように名門の出自ではあっても、どうしても必要にせまられて身を売らざるを得ない人間がいる。名聞をはばかる貴族の未亡人や令嬢、子弟であり、そういった人たちを集めた秘密の娼館というのがあるそうだ。そこに出入りする客たちは皆金持ちで、普段はけっして手の出せない貴族の美しい女や男を抱いてみたいと思っており、そのためには一夜に大変な額の金を払ってもいいと思っている。
 金持ちの庶民に身を売れというのか、とリィウスが眉を吊りあげた瞬間、マロはうつむいて呟く。
「相手が貴族でない方が、いっそ気楽ではないですか? そこで少し我慢されれば、あとはもう二度と会うこともないでしょうし」
「だ、だが……」
「平気だってば、兄さん。それで兄さんが学問をつづけて、立派な仕事に就いてくだされば、家を再興できるし、僕も死んだ父上に御恩を返すことができる」
 ナルキッソスのきらきら輝く若葉色の瞳に、リィウスは胸がつまりそうになった。
「一度、その店に行ってみませんか? 様子を見て、どうしても気に入らなければ断ってくださって結構ですよ」
 マロは顔を伏せたまま、やはり呟くように言う。
「そうだよ、行ってみるだけ行ってみようよ。……第一、今のところ、それしかほかに手がないのだもの」
 またナルキッソスが大人めいたことを言う。
 リィウスはいじらしい弟の言葉に涙ぐみそうになった。
 だから、このとき気づかなかった。顔を伏せていたマロの黒目が、狡猾そうに光ったことに。

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