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「リィウス様、マロの話はなんだったのですか?」
 マロが帰ってから、忠実な家令のアンキセウスが心配そうに尋ねてきた。家令と言ってもまだ若く、リィウスと歳はそう変わらない。財政難で前の老家令には暇を出し、代わりに彼に家政をまかせている。アンキセスは祖父の代から仕えていた奴隷の子で、彼自身もリィウスが幼い頃から仕えてきた腹心の部下でもある。彼が相手なら、リィウスも肩の力を抜いて事実を告げることができた。
「信じられないことを言われた。……ナルキッソスに身を売れと言う」
「……なんということを」
 アンキセウスの黒い眉が強くしかめられた。
「いかにも成り上がり商人の言いそうなことですね。……それで、まさか承知されたのですか?」
 薄暗い室内に蝋燭を灯しながら答えを待つアンキセウスに、リィウスは大きく頭をふった。
「とんでもない! だが、ナルキッソスの方が乗り気、というのか、それでいいと言い出すのだ。自分が身を売って金を稼いで……、私を助けるつもりなのだ」
 最後の言葉は涙でくぐもる。
「なんという兄想いの弟でしょう」
 アンキセウスの、普段は理知的な目が潤んで見えるのは、蝋燭の日が揺れたせいだけではないだろう。
 黒檀のような深みのある彼の瞳が、リィウスは好きだった。
 奴隷の子として生まれ育ちながらも怜悧で知性に恵まれたアンキセウスは、ほとんど独学で文字を習得し、仕事の合い間に家の書庫の書物を読みあさり、それを見た祖父が感心して、亡くなるときに父に命じて彼の身分を買い取らせ、解放奴隷の地位を与えた。祖父は情のある人であり、リィウスは尊敬していた。だが祖父にそういう行為をさせたのは、一にも二にもアンキセウスのたゆまぬ努力と前向きな姿勢だろう。
(私も見習わなくては……)
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