燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 リキィンナが、見上げるようにリィウスを見る。気づくのが数秒おくれたが、向こうは向こうでリィウスを観察していたらしい。ねっとりと光る切れ長の黒目が、なんとなく、自分を値踏みしているようで、リィウスは腹が立った。
「え、いや、その、後ろの方がナルキッソス坊ちゃんだ」
「あら、……こんにちは」
 娼婦ごときにプリスクス家の人間が軽く対処されることに、またリィウスの胸に不快感が込みあげてきた。
「では、奥へどうぞ」
 石灰岩の壁に、七色の石が凝った模様を浮かびあがらせるモザイクの床のせいで、全体にひんやりと暗い空気を感じながら、三人はリキィンナに導かれるようにして奥室に向かった。
「タルペイア様、マロ様と例の方が来られました」
 真紅のとばりの向こうで、衣擦きぬずれの音がたつ。
 まるで貴族の奥方の室へ入っていくようで、リィウスは少しとまどったが、帳が揺れると、そこに館の主らしき女人があらわれた。
「まぁ、これはようこそ、マロ」
 出てきたのは、歳の頃は二十代後半か三十ぐらいの成熟した美人で、つやつやとした黒髪を結い上げ、耳には銀の耳飾りをきらめかせている。彼女の足に合わせて、サフラン色の女性用長衣ストラの裾襞が優雅に揺れる。挙措動作は完璧な貴婦人だ。
 右腕には蛇の形の腕環をはめており、銀色の蛇体が手首から肘前までからみついている。その銀蛇の目はエメラルドだ。蛇の装飾品を好むところからすると、このころ流行ってきているイシス教の信者なのだろう。異国からきたこの女神は、祖国の神々たちを押しのけ、ローマの民の信仰を勝ち得ている。貴族にも信者は多い。特に女性に人気の女神である。
「お久しぶりね、マロ」
 そこでマロは女主人の両頬に接吻した。
 この頃のローマ人が挨拶として頬に接吻するのは、親愛の情を示す、というよりも、敵意がないことを伝えるためのものであり、男女の場合は、女人が飲酒をしてないかを調べるためである。この二人の場合は、前者の理由であろう。
「こちらがリィウス様と……、ナルキッソス坊ちゃん」
「まぁ……、これは、お二人とも、ようこそ。まぁ、本当に、お二人ともお麗しい」
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