燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 リィウス自身は、そんな与太話は信じていなかった。数年前、ある式典で遠目に見た皇帝は温和な老人であった。父が健在のころで、皇帝はとくべつにリィウスたち一家を身近に呼びよせ、親しみをみせてくれた。リィウスは感動で胸がいっぱいだった。
 しずかな威厳と品位にあふれたあの人が、そんな巷間でささやかれているようなおぞましい行為をしているなど、とうてい信じられない。リィウスは常に善なるものを選び、信じようとする性質だ。
 さも潔癖そうに顔をしかめているリィウスを、コリンナはどう思ったのか、床に膝をつくかたちで、寝台の上で頬杖をついてリィウスを見上げる。年相応の、あどけない仕草だ。美少女というのではないが、愛嬌にあふれているとリィウスは判じた。
 まだ身づくろいをしていないのか、紅い髪がもつれて肩に流れているのも、相手の幼さを象徴しているようで、だらしないというより可愛く思える。まだ人の目を常に意識する大人の女になっていないことに、リィウスは好感をもった。
「ふふふふ。お兄さん、真面目なのね。リィウス……っていうのよね?」
「そうだ。リィウス……」
 あとの名を口に出そうとしてリィウスは躊躇い、口を閉じてしまう。この稼業に就いているあいだは正式の名前を言うのは止めようと決めた。
「貴族なんでしょう?」
「まあな……。おまえも……貴族の出か?」
 この娼館の娼婦は、多くはもとは良家の子女だと聞いている。
 コリンナの翡翠ひすい色の瞳にかげがはしる。
「……父親がね。でも、あたしは愛人の子だから……。去年、母さん……、母が亡くなったので、この館に来たの」
 父親は面倒みてくれないのだろうか。リィウスは気になったが、あえて根掘り葉掘り訊くのは自制した。自分だとて身の上をあれこれ訊かれては困る。
「そうか……」
 細かい事情はどうあれ、生きるためにここへ来たのはリィウスもおなじだ。リィウスはコリンナに同情と共感を覚えた。
「お兄さんは綺麗だからすぐ上客がつくわよ。うらやましいなぁ」
 まるで、修辞学の勉強や弁論が優秀だからうらやましい、と言われるのとおなじ感覚で言われ、リィウスは複雑な気持ちになった。
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