燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 だが、リィウスにはそんな世知せちは、まだない。
「……いや、準備をするから、ディオメデスを通してくれ」
「わかったわ」
 気の毒でもあり、恨めしくもあり、複雑な想いを噛みしめながらベレニケはリィウスに背を向けた。

 室に入ると、ディオメデスはそこにリィウスがいるのを認めて、ほっとした。何故か、二度と会えないのでは、という奇妙な錯覚にとらわれていたのだ。
「……リィウス」
 寝台に近づくと、その白い頬に手を伸ばしていた。
 相手は不思議なものでも見るような目で自分を見上げている。
 こうして向き合ってみると、リィウスの顔がひどく小さく見える。身体も以前よりも痩せたように見えるのは、感覚的なものだけではないだろう。決して弱音や泣き言は言わないが、ここでの生活がかなりこたえているのは明らかだ。
 ディオメデスの凝視にリィウスはますます不思議なものでも見るような顔になっている。
「その……、食事は取ったか?」
 リィウスは首を振った。聡明そうな蒼い瞳が、なぜそんなことを訊くのか、といぶかしんでいるようだ。自分でも、間の抜けたことを言っていると思う。
「その……、今日は早く来たから、食事がまだなのではないかと思って……。何か持ってか来させようか?」
 妙に弁解がましい言葉が口から出る。
「いや……、いい。食欲がなくて……」
 リィウスは首を振ってから言葉をつづけた。
「とても……食べれそうにない」
 顔を伏せて言う。
 昨夜のことを思い出しているのだろう。あれほど精神的な打撃を受けたあとでは食欲も失せるものだろう。
「そうか」
 その事についてはディオメデスは何も言わないように気をつけた。万が一にもこの誇り高い青年が、昨夜の血も凍るような恥辱の行為を、かねてから憎んでいる自分に知られたらどれほど傷つくか……。それを思うと、絶対に言ってはいけないと心に誓った。
(そうだ……。俺はリィウスに憎まれているのだ)
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