燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 だが、それよりもなによりも、妙に引っかかるものがあって、今少し床入とこいりを伸ばしたい気分にさせられた。
(このお客、あの人にどことなく似ている気がするわ。なんとなく、雰囲気が)
 このときベレニケの頭に浮かんだのは、ウリュクセスである。
 物腰がおだやかで品もあるのだが、どこか胡乱うろんなものが臭ってくる。危険な男だ、とベレニケは直感した。
「君は、何か悩みでもあるのかい?」
 長椅子に座った途端、そんなことを言われ、ベレニケはびっくりした。
「え? ど、どうしてそんなことを言われるのかしら?」
「私は人の気持ちや感情に鋭いのでね」
 相手は目を細める。
「あら、あなた占い師? もしくは神官かしら?」
 ベレニケは冗談っぽく訊いてみた。実際、神官がお忍びで女を買いに来ることもある。
「いや、商売をしているのだが、本業は薬師でね」
 男はおだやかそうに笑った。
 客としては上客とは呼べないかもしれないが、この館へ入ってこられたのだから、それなりに裕福なのだろう。身なりは質素だが、もしかしたら大富豪ということもありえる。たまにそんな酔狂な真似をする金持ちもいる。
 ベレニケは笑みを消さないよう努めた。なにかしら、怖いのだが、この客に魅かれるものもある。
「お客様、お名前はなんておっしゃるの?」
「私の名前かい? ふふふふ。カニディアというのだよ」
 ベレニケはやや首をかしげた。
「まぁ、女性のような名前ね」
「ああ、そのせいでよくからかわれたよ」
 カニディアは苦笑した。笑うと、剣呑けんのんな雰囲気がくずれて、かすかにだが愛嬌めいたものもにじみ、ベレニケを安心させた。
 なんとなく、この客とは気が合いそうだ、と思っていた。
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