燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 自分が死に追いやった人間の名をあらためて聞くその顔には、なんの感情もなかった。
 この時代にはそんな感性の人間は珍しくはないといえ、そこには死骸に対する嫌悪や恐怖もない。眉ひとつ寄せず、ウリュクセスはサラミスだった〝もの〟を見つめている。
「サラミスですわ。うちではなかなかの売れっ子でしたのよ」
 さすがに、かすかに恨みを込めてタルペイアが柳眉を寄せて告げるが、相手にはまったく通じていないようだ。
「そうか。いや、彼女のイカロスの舞は実に良かったよ。客たちも満足したろう」
「……この娘には贔屓のお客も多いのですよ」
 タルペイアは反感と迎合をこめた複雑そうな笑みを見せる。
「そうか。では、少し色をつけて支払いをしよう」
 その一言で、険しかった眉は丸くなる。タルペイアはどこまでもいっても娼館の女主なのだ。
「それでは、次はリィウスに出てもらおうかな」
 ウリュクセスの言葉に、リィウスは背に悪寒が走った。
「あら、今度は何をなさるのかしら?」
 タルペイアがこわばった顔で訊くと、あっさりとウリュクセスは答えた。
「リィウスにはケンタウロスを演じてもらおう」
 リィウスは全身に冷や水をかけられた気持ちになった。
 ケンタウロスとは、上半身は人間で下半身は馬という一種の怪物である。獰猛な者も多いが、なかには知性優れた者もいるという。出生には諸説あるが、神の血を引くケンタウロスという若者が牝馬と交わって生まれた半人半獣の赤子が最初のケンタウロスだとも言われている。
 いったい自分が何をされるのか、どんな目に合わされるのか。想像してリィウスは恐怖に凍り付いた。
 タルペイアは心なしか青ざめている。彼女だとてむろん喜んではいないが、止めることはできないのだろう。
 ベレニケの姿は見えない。身の危険を察して逃げだしたのか。もしそうなら、彼女は賢いといえるだろう。  
「こちらへ来て、準備をしてもらおうか」
 ウリュクセスは笑っているが、青白い目は氷のようだった。
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