燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「ほら、何をしているのよ、さっさと言うのよ! 『ああ、いい、最高だ、トュラクス、おまえは最高の馬だ』 そう言ってごらん」
 リィウスは首を横に振った。そんなおぞましい言葉、とうてい口にはできない。
 自分だけが墜ちるならまだしも、トュラクスを侮辱するような言葉は死んでも口にしたくなかった。
 不幸な身の転変のなかでこうして出会い、異常な状況でともに責められ、ともに地獄でのたうつことで、リィウスはほぼ初対面のトュラクスに対して、同類意識のようなものを抱いたのかもしれない。
 悪漢たちに貶められいたぶられている彼に、深い同情と共感も芽生えている。彼を侮辱するような言葉は、そのままリィウス自身を侮辱するようで、口が裂けても言えなかった。
 リィウスは拒絶と否定に首を振る。首が揺れるたびに、項や鎖骨から濃密な色気がただよってくる。
 だが、エリニュスも容赦ない。リィウスの放つ艶がエリニュスを苛立たせているのだ。
「何をしているのよ! 言わないのなら、言わせてやるわ!」
「ああっ!」
 男の生理を熟知しているらしいエリニュスの巧妙な手管てくだのまえに、リィウスはあえなく陥落した。
 まちがいなくエリニュスは娼婦の女王ともいうべきタルペイアとほぼ同等の性技を習得している。 
「はぁっ! ああっ! あああっ!」
 苛め抜かれ、耐えきれず、とうとうリィウスは降参した。
 白い頬に涙が走る。嗚咽とともに、リィウスは強いられた言葉を弱々しく吐いた。
「そんな悲しそうに言うのはいただけないわね。お客がしらけるでしょうが」
 もっと大きな声で、楽しげに言うのだと、エリニュスは無理を言う。
 リィウスは啜り泣きながら首を横に振ることしかできない。
「泣いてないで言うのよ!」
 人の情などかけらほども持ち合わせていない冷酷な美女は、リィウスがその忌まわしい言葉を彼女が望むような口調で言うまで、本当にゆるさなかったのだ。 
 リィウスは惨めさに胸が破裂しそうになった。
 いっそこのまま呼吸が止まってしまえば、と切なく願ったが、天上の神々は誰ひとりとしてリィウスの願いを聞いてくれなかった。
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