燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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地獄の夜明け 一

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 リィウスは観客たちの足が見えてくると、恐怖に気を失いそうになった。
(ああ……)
 これほどにまで侮辱された自分は、二度と陽のあたる世界を歩くことは出来ないだろうという絶望に押しつぶされそうになる。
 いっそ舌を噛んで果ててしまおうか、と禁をやぶって自害の欲求に身を焼かれたとき、肌の下の男が身体を揺さぶった。どこか、背に負った子どもを宥めるような仕草だ。
 リィウスは本当に子どもにかえったように、男の逞しい背に顔を伏せた。
 男の肌のあたたかさに、客たちの粘つく視線も、悪意を込めた嘲笑も、一瞬、忘れることができた。
 残酷な地獄で身を焼かれながらも、リィウスはトュラクスの身体から伝わる熱に、唯一の慰めを得ていた。涙が、トュラクスの背に伝う。



「うう……」
 あれからどれぐらい時がたったか。陽は昇り、辺りはいつの間にか健やかな陽光にあふれていた。昨夜のことが、すべて悪い夢だったような気がするが、身体の節々ふしぶしが痛み、そんな儚い願いを打ちくだく。
「水飲む?」
 最初に視界に入ったのはタルペイアの黒目だった。
「ここは……?」
 周りを見渡して、すぐに柘榴荘ではないことに気づいた。見知らぬ室の寝台の上に寝かされていたらしい。
「ウリュクセスの屋敷の小部屋よ」
 手狭でいたって質素な室礼しつらいであることからして、とうてい客室とは呼べないが、それでも掃除が行き届いており、窓もあり、日当たりは良さそうだ。上流の召使の室というところか。
「……私はどうして、ここに?」
 タルペイアが眉をしかめた。
「覚えていない? おまえはトュラクスの背で失神してしまったのよ。ウリュクセスが怒っていたわ。あのあと、まだまだ見世物を続けるつもりだったのに」
 あのあと、さらに宴は盛り上がり、客たちが入り乱れての乱交が行われたという。
「私もベレニケも客の相手で大変だったのよ」
 言われてみれば、タルペイアも目の下がすこし曇っているようで、疲れが見える。ベレニケは隣の室で休んでいるという。
「……あの男は……?」
 リィウスは気になることを口に出していた。
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