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九
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心配ではあったが、ディオメデスの異常なリィウスへの傾倒ぶりを見て、アウルスは心のどこかで溜飲が下がる想いをしたことも事実だ。ディオメデスは友ではあるが、やはりリィウスにしたことはいただけない。
(人を……金で弄んだ罰だぞ、ディオメデス)
そして、心の奥のそのまた奥で、リィウスに恋狂い、夢中になってしまったディオメデスを、ほんの少しいじらしく思う気持ちもまたあった。
少なくとも、ディオメデスは人を愛する――といっていいかどうかまだアウルスにも判断できないが――、人を想う気持ちは持っていたのだ。相手の心が手に入らず苛立って意地になっているのかもしれないが、もしかしたら本気でリィウスに恋してしまっているのかもしれない。
そう思うと、妙な話だが少し嬉しいような、楽しいような気持ちにアウルスはなってくる。
(もう俺は誰も愛せないがな……)
ふと、一瞬、なぜかアスパシアのことを思い出した。アスパシアが、悲しげな顔で自分を見ている。淡い褐色の瞳が、なじるように迫ってくる。
アウルスが馴染みの遊女のまぼろしに困惑しているあいだにも、女剣闘士は苦悶の表情を浮かべ、小人二人のいたぶりに必死にあらがっている。粗末なサンダル以外は、一糸まとわぬあられなもない身体で、女は、それでも必死に死にものぐるいで己の尊厳を守るべく戦っている。小人たちは笑いながら女の手足を抑え込みにかかっている。
客たちはますます面白がって興じる。
アウルスはまた唇を噛んだ。むっつりとした顔になっているだろう。
剣奴を嬲るなど、珍しくもない。獣と戦った剣闘士がやぶれて獣に喰われていく様子を見たこともあるし、芝居のなかで首を吊られる役を演じた役者が本当に死んでいく現場を見たこともある。獣に犯された哀れな奴隷たちのすがたも幾度となく見た。金持ちの余暇をつぶすために、生きた奴隷たちが遊び道具として消耗されるなど、珍しくもない。
だが、なぜか今日は妙に気がめいる。
舞台となる中央で叫んでいる女剣闘士の苦哀の表情が、彼のなかにうずもれている遠い日の記憶とかさなるのだ。
昔、あんな表情を浮かべた女を見たことがある。
(人を……金で弄んだ罰だぞ、ディオメデス)
そして、心の奥のそのまた奥で、リィウスに恋狂い、夢中になってしまったディオメデスを、ほんの少しいじらしく思う気持ちもまたあった。
少なくとも、ディオメデスは人を愛する――といっていいかどうかまだアウルスにも判断できないが――、人を想う気持ちは持っていたのだ。相手の心が手に入らず苛立って意地になっているのかもしれないが、もしかしたら本気でリィウスに恋してしまっているのかもしれない。
そう思うと、妙な話だが少し嬉しいような、楽しいような気持ちにアウルスはなってくる。
(もう俺は誰も愛せないがな……)
ふと、一瞬、なぜかアスパシアのことを思い出した。アスパシアが、悲しげな顔で自分を見ている。淡い褐色の瞳が、なじるように迫ってくる。
アウルスが馴染みの遊女のまぼろしに困惑しているあいだにも、女剣闘士は苦悶の表情を浮かべ、小人二人のいたぶりに必死にあらがっている。粗末なサンダル以外は、一糸まとわぬあられなもない身体で、女は、それでも必死に死にものぐるいで己の尊厳を守るべく戦っている。小人たちは笑いながら女の手足を抑え込みにかかっている。
客たちはますます面白がって興じる。
アウルスはまた唇を噛んだ。むっつりとした顔になっているだろう。
剣奴を嬲るなど、珍しくもない。獣と戦った剣闘士がやぶれて獣に喰われていく様子を見たこともあるし、芝居のなかで首を吊られる役を演じた役者が本当に死んでいく現場を見たこともある。獣に犯された哀れな奴隷たちのすがたも幾度となく見た。金持ちの余暇をつぶすために、生きた奴隷たちが遊び道具として消耗されるなど、珍しくもない。
だが、なぜか今日は妙に気がめいる。
舞台となる中央で叫んでいる女剣闘士の苦哀の表情が、彼のなかにうずもれている遠い日の記憶とかさなるのだ。
昔、あんな表情を浮かべた女を見たことがある。
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