燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 彼の目の前で、複数の男たちに犯され、殺された女……。粗相をした奴隷か召使だったろうか。命じたのは母だったか、父だったか。
 幼い日のことなのであまりよく覚えていないが、あの凄まじい恐怖と苦痛の悲鳴は今も耳に残って、この歳になっても、明け方の夢に出てきてアウルスを悩ませることがある、などディオメデスにさえ言えなかった。 
 奴隷が死ぬのを見て怖がるなど、この時代のローマの男にとっては、惰弱とみなされることだ。
 剣闘士同士が血を流しながら死ぬまで戦いつづけるのを笑って見れてこそローマの男子であり、貴族の女でさえ、闘技場の流血から目を背ければ情けない、と言われる時代に自分たちは生きているのだ。
 だから、アウルスは決して言わなかった。血を見るのが恐ろしいとは。いや、実は悲しいのだ。
 生きている人間が血を流し、苦悶の絶叫をはなち死んでいく様子を見つめていると、悲しく、苦しくなるのだとは、家族にも友人たちにも言えなかった。言ってはいけないのだと、本能で悟っていた。
 十三歳になって成人式を経たころから、ディオメデスや他の悪友に悪い遊びに誘われても、断ることはほぼなかった。
 いっしょに処女をもてあそんだこともあれば、一人の娼婦をかわるがわる夜通し可愛がったこともある。安酒場の酌婦を拉致し、輪姦し、あとで金を払ってすませたこともある。金を払っただけ自分たちは良心的で親切なものだとうそぶいても、誰も笑わない世界で生きてきた。
 ディオメデスは誰にも言わなかった。
 今のように小人二人にむさぼられている女の悲鳴を聞くのが辛いのだ、とは。若さのおごりでくりひろげた乱行のあとに、いつも胸の奥が痛み、もの悲しい気分になるのだ、とは。
 幼い頃、庭に引きずり出され、男の召使たちに乱暴され、死ぬまで打ち据えられた女の悲鳴が耳によみがえる。
(よく見ておくといい。生意気な奴隷はああなるのだよ)
 そう言っていたのは彼の母だったか。隣には父もおり、二人並んで女が殺されるのを見ていた。血まみれの肉塊となった女が、断末魔の叫びをあげた最後、アウルスを見た。淡い褐色の目。アスパシアの目と同じセピアの瞳。
 助けて、アウルス……。
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