燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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十一

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 涙と血に潤んだ瞳。アウルスは頭を振ってその幻を振り切った。
 アウルスがついぼんやりしているうちに、舞台となる中庭中央には、別の趣向の準備がされていた。
 人々のざわめきが大きくなる。
 おそらく、今宵の客の大半は、闇の世界の噂に伝え聞く、たぐいまれな美貌の男娼の噂に引かれて、この宴に集まったのだろう。
 アウルスはその男娼が誰か見当がついていた。ディオメデスもメロペたちも感づいているはずだ。だからこそ来たのだ。
「今宵はようこそ、皆様。次にお見せするのは、『ケンタウロスの踊り』ですわ。もしくはギリシャ神話の牧神パン……ファウヌスの舞と名付けるべきでしょうかしらね」
 声高々に笑いながら言う女はマルキアだ。この女は、館の主であり宴の主催者でもある男と親しいようだ。
 アウルスも馬鹿ではない。いろいろと手を尽くして闇の世界のことについても調べてみた。この館の主がローマの闇市場や暗黒世界にかなりの力を持つ影の権力者であることは、ディオメデスから聞いた話でも知っていたし、アウルス独自の伝手つてや知己からも聞き得ていた。
 そんな男とディオメデスの義母が親しくしているというのも、なんとも物騒できな臭い。ますますディオメデスはマルキアを警戒したほうがいいだろう。彼はまだあの女を甘く見ているところがあるが、あれは思っている以上に裏のありそうな女である。なにより気になるのは、ディオメデスも言っていたことがあるが、過去が調べても出てこないことだ。完璧に隠しているということは、それだけ後ろぐらいところがあるせいだろう。
 そんなことを思っていると、当のマルキアが真紅の衣の裾を散らして〝舞台〟に進み行く。
「ご覧ください、今宵の主役たちを」
 声とともに薄闇に浮かんできた新たな影に、アウルスはじめ、観客は目を引かれた。
 ディオメデスやメロペ、ナルキッソスも、それぞれの場所から、マルキアが指差した方向に目を向ける。
 最初、それは不気味な黒い塊のように見えた。漆黒の布をかぶっていたので、そう思えたのだ。マルキアによって布が引かれ、くずれ落ちると、そこには奇妙な生き物がいた。
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