燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 浴場でリィウスに湯をかけて汚れを洗い落としてやったが、その目にも顔にも生気はなく、呆然としているのは、先ほど地下牢で強いられた行為の衝撃に圧倒されてしまっているせいだろう。マヌグスはこの美し過ぎる貴族には今はたいして欲望を感じない自分を自覚していた。
(俺の欲しいのは、こんな繊細過ぎて雨に打たれてうなだれている弱々しい花ではない)
 入浴を手伝いに来た奴隷の少年に命じて、リィウスは早々と室へ戻らせるようにした。あらゆる意志を喪失した人形のようなリィウスに欲望を感じない。マヌグスが今一番欲しいのは……
「へへへ、相変わらずいい身体だな」
 わざと下卑た口調で言ってみると、相手は案の定、顔を険しくする。
 つい先ほどまであれほど手酷くいたぶられても、けっして消えることのない気骨が頼もしく、嬉しい。マヌグスはぞくぞくしてきた。
「おい、手をはなせ」
「へへへへ。いいじゃないか、俺とおまえの仲だろう?」
「何を言っている、その汚い手をどけろ」 
 向こうが自由の身なら、即座に殴られていたろうが、今のトュラクスは両手を完全に封じられ、無防備そのものだ。
 相手があまり抵抗できないのをいいことに、マヌグスはますます遠慮なくトュラクスの身体を好きなだけ触る。
「よ、よせ! はなせ!」
 トュラクスが激しく怒っていることが、こうして背後から抱きしめていると痛いほどに感じられ、ますます興奮してしまう。
 湯煙にすっかり湿らされた衣類を、マヌグスは脱ぎ捨てた。もともと薄手の衣のうえに簡素な防具をつけていただけだが、その防具は浴室に入るまえに脱ぎ捨てている。
「いいじゃないかよ。俺はおまえの初めての男だろう?」
 ちょうどリィウスを室に送りとどけて戻ってきていた奴隷少年が、その言葉に黒い肌をいっそう赤黒く染めた。
「おお、そうとも。俺がトュラクスの初めての男なんだぞ。な、そうだろう、トュラクス。おまえがこの屋敷へ連れこまれた最初の夜、俺がおまえを〝女〟にしたんだったな?」 
 少年に聞かせるように、ねっとりと言葉に毒を持って浴場に響かせる。少年は、ますます顔を赤黒くし、目を伏せた。
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