燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

文字の大きさ
307 / 360

しおりを挟む
 その言葉が憐憫れんびんなどでないことは、ナルキッソスが一番良く知っている。
「ナルキッソス様、見てはいけません。帰りましょう」
 控えていたアンキセウスが、あわてて言う。アンキセウスが動揺するのも、珍しいことだった。
 ナルキッソスは答えなかった。魅入られたように、なにかに憑りつかれたように、中央で痴態をさらしている義兄の、妖美的なまでに美しく淫らな姿を凝視している。その横顔をはどこか普通ではない。アンキセウスはぞっとしてきた。
(この少年は……、心が、魂が、壊れている……壊れはじめているのだ)
 彼が普通ではないことは以前から承知していた。そのことは亡くなった彼の両親やリィウスよりも、深く理解していたアンキセウスである。ナルキッソスは、麗しい容姿とは裏腹に、性格に裏表が激しく、好色で貪欲で性悪、自己中心的。なによりナルキッソスの異常性を物語っているのは、時折彼が垣間見せる言いようのない焦燥と奇妙な恐怖心である。
 最初はアンキセウスも気づかなかった。だが、最近、見えてきた。ナルキッソスの異常性の根底にあるのは焦りと恐れだ。
(だが……、なんに対してだろう?)
 没落名家の子として味わう貧困への怯えか、将来が見えないことに関する苛立ちか。当たっていそうで、違うようにも思える。
「ふふふふふ……」
 震えていたナルキッソスの唇から、笑い声がこぼれてきた。
 最初は少女のように大人しい笑い方だったが、やがて堰が切れたように大きな声になり、けたたましくなり、周囲の目を引いた。
 だが、そんなことは中央で踊り狂うような奇怪なケンタウロスの見世物にくらべれば些細なもので、すぐに周りの客たちはナルキッソスから目を逸らした。彼らにとってはどうでもいいことなのだ。どのみち、酒や芥子けしの麻薬に夢中になって笑ったり叫んだりする者も珍しくない、文字通り狂乱の宴のたけなわである。
 笑い狂うナルキッソスよりも、観客の目は、舞台のまんなかで咲き誇る巨大な妖花に向かう。それでも、ナルキッソスは身体を揺らし、笑いつづける。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...