燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「ナルキッソス様、どうしたのですか? 落ち着いてください」
 さすがにあわてたアンキセウスが、少年の細い肩をおさえこむようにして抱きすくめた。
(おや……)
 アンキセウスは眉をかすかにしかめていた。また、妙な違和感が背に走る。
(なんだろう?)
 ナルキッソスの肩をもう一度おさえこみ、違和感の正体を探ろうとしてみた。
 アンキセウスが戸惑っていると、あたりにさざ波が立つような気配がした。
「おまえ……ナルキッソスなの? リィウスの弟だというのは、おまえなの?」
 声の主を振り向いてみると、そこには、顔をベールで覆った女がいた。だが、顔半分を薄布で隠してはいても、美しいと人に思わせる女である。
「おまえ……どうして?」
 女の瑠璃色の瞳がふしぎなものを見るように張りつめている。動揺しているようだ。
 腕におさえこんだナルキッソスと、突然声をかけてきた女性を見比べ、アンキセウスも動揺した。ナルキッソスがひどく興奮しているのが伝わってくる。
「あはははははは! はははは! びっくりしているのは僕の方だよ。おまえこそ、ここで何をしているんだよ、マルキア?」
 女の名前はマルキアというらしい。だが、その名がナルキッソスの唇からもれた瞬間、女の目つきが険しくなった。
「金持ちの後妻におさまって、悠々自適ゆうゆうじてきの日々をおくっているんじゃなかったのかい? それなのに、ここでまた昔の商売に手を出しているのか? また売春婦に戻ったというわけかい?」
 二人が知り合いだったことに気づいたアンキセウスは、ややたじろいだ。ナルキッソスの交友関係は熟知しているつもりだったが、これまでにマルキアという名はあまり聞いたことがない。
 ひどく毒を込めて投げつけられたナルキッソスの言葉に、当のマルキアは冷然と返した。
「そういうおまえは、ここで何をしているの? おまえこそまた男娼稼業に戻ったというわけ?」
「まあね」
 悪びれもせずナルキッソスは答える。その目も、顔も、敵意と挑戦に燃えている。この二人の関係はどういうものなのだろう。まちがっても良好とはいえない。
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