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 マルキアは行儀悪く、値踏みするような目つきで、ナルキッソスを凝視する。なにかを探るような、あらをさがすような目つきだ。
「つれないわね。以前は、仲良くやっていたときもあったというのに。私の客をゆずってあげたりもしたではないの?」 
 本当にこの二人は娼婦男娼として、いっしょに働いていたことがあったようだ。だが、どこでだろう? 内心でアンキセウスは首をかしげた。ナルキッソスの行動範囲はたいてい知っているつもりだが。この時代の貴族の子弟として、ナルキッソスが一人で出歩くことなどない。
 アンキセウスの怪訝そうな表情に女は気づいたようだ。
「ほほほほ。私たち二人はね、かつて丘の上の神殿でいっしょに働いていたことがあったのよ。貴い神官の指図のもとにね」
 神殿と聞いて、やっとアンキセウスは思い出した。
 ナルキッソスが純情な少年だと、まだアンキセウスですらもが、そう信じていたとき、よくポルキアに連れられてナルキッソスは女神の神殿に参詣に行っていた。幼少期のナルキッソスは身体が弱く、よく体調をこわすことがあったので、心配した母親のポルキアが健康を祈願して連れていっていたのだ。
「そこで私たちは会ったのよ……」
 一瞬、過去へ向かって虚ろになったマルキアの瞳に鋭い光が戻った。
「愚かね、ナルキッソス。神官の言うとおりにして、願いは叶ったの? あんたの病気は治ったのかしら?」
「うるさいな!」
 ナルキッソスは怒りと苛立ちをこめて怒鳴りつけた。
「ほほほほ。そんなふうに怒っていると、皺が増えるわよ。可哀想に。私の肌より衰えてきたわね」
 その言葉にアンキセウスはぎょっとした。
(そうだ……。奇妙に思っていたのは、これだったのだ)
 ナルキッソスに感じていた違和感の正体がやっとわかった、とアンキセウスが息を飲んだとき、中央が騒がしくなった。
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