燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「アスパシアよ」
「意外だな」 
 ディオメデスは目を見張った。
 烈婦のそろった柘榴荘で、もっとも大人しそうで、礼儀正しく控えめなアスパシアが……。意外ではあるが、だが、あの女には、物静かな風貌に反してどこか激しいところが、たしかに感じられた。
(もしや……) 
 ディオメデスの胸に最後に見たアウルスの背が浮かぶ。
 彼女はアウルスを追って行ったのか。もしくは二人しめしあわせて逃げたのか。
「私も油断していたのよ。よりにもよって、あのアスパシアに一杯くわされるなんて。皆、アスパシアが、まさか逃げだすなんて思いしなかったし。油断していたのね。……悔しいわ」
「だが、それなりにもう充分稼がせてもらっていたろう。いいではないか」
 タルペイアの柳眉が吊りあがった。
「冗談じゃないわ。まだまだあの女には稼いでもらうつもりだったのよ。ああ、ついてないわ。サラミスは死んでしまうし、おまけに、」
「サラミスは死んだのか?」
 そのことを知らなかったディオメデスは目を見開いていた。
「ええ……、急な病でね」
 事実かどうかわからないが、死んだことは確からしい。ディオメデスにはやや衝撃だった。
 一度だけ彼女を買って遊んだことがあった。おもしろい女だったが、どういうわけか、それから二度と遊ぶ気にはなれなかった。
(別に気に入らなかったというわけではないのだが……)
 だが、何故だろうか、自分でもふしぎなのだが、彼女を抱いたあと、妙に物悲しい気分になったのだ。この女には手を出してはいけない。そんな気にさせられてしまった。
 あっけらかんと笑う女だった。だが、なぜか寂しいものを感じさせる笑いだった。考え過ぎか。
(それにしても、もういないとは)
 やはり信じられない。
「ああ、私ったら、余計なことを言ってしまいましたわね。このことは忘れてちょうだい」
 急にタルペイアは女将の顔になった。言葉づかいまで丁寧になり、上客に向ける笑みを見せる。
「こんなに早い時間にうちを訪れたのには、理由があるのでしょう?」
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