燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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「そうだ。リィウスを……俺にゆずってくれ。勿論、金は払う」
 タルペイアは大げさなほどに顔をしかめた。
「……そうは言われても、あれはうちではけっこうな稼ぎ手だし」
 抜け目のない商人らしく、タルペイアはわざとらしく悩むふりをして見せる。ディオメデスはしたたかな相手を前に、内心苦々しく思いながらも、顔には出さないようにした。
「だが、ウリュクセスからも金を取ったのだろう? さらに俺からの金を合わせれば、もう充分過ぎるほど稼いだではないか?」
 前半の言葉は敢えて気弱な口調で言い、後半の言葉は強気に言っても、けっして威圧しないように気をつけた。ウリュクセスは死んだとはいえ、タルペイアには物騒な知人の一人や二人はいるのだ。それを恐れはしないが、なるべく穏便に話をつけたかった。
「そうは言われましても、こちらも商売ですからね」 
 タルペイアがいっそう厳しい商売人の顔を剝きだしにした瞬間、割って入ってきた声があった。
「タルペイア、欲張りすぎはよくないわよ」
 扉口の緋色の布幕を払って入ってきたのはリキィンナだった。肌も瞳も唇もぬめるようで、美しいが、危ういものを秘めている。彼女が姿を見せた瞬間、女の匂いが室にあふれる。
「これは仕事の話なのよ、引っ込んでいなさい」
 憮然ぶぜんとした主の顔をものともせず、リキィンナは唇をとがらせた。
「ディオメデスの言うように、充分過ぎるほど稼いだでしょう? もうそろそろリィウスを解放してやれば?」
「リキィンナ、おまえ、私にそんなこと言える立場なの? 自分のしたことを考えてみなさいよ」
 タルペイアの言葉には怒気がこもっている。リキィンナがなにか彼女を怒らせることをしたようだ。
「あんまり欲張り過ぎるとよくないわよ。あんただって今朝青い顔して帰ってきてから言っていたじゃない。あまりやり過ぎると、我が身を滅ぼすものだと」
 リキィンナが悪戯っぽく笑う。
 はっきりとはわからないが、ウリュクセスやマルキアのこともかもしれないとディオメデスは見当をつけた。
 一瞬、むすっとした顔になり、次に力を抜いたような表情を見せ、タルペイアは溜息をついた。
「今は疲れているから、すこし休ませてちょうだい。そのあとで答えるわ」

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